星矢(Maine novel)
□First Ignition
34ページ/56ページ
「ええ。この少女に手を持たれ、ブローチに誘導されました。」
「不可抗力であるならそうであると、何故言わないのです。」
女神は美しい眉のかしらを寄せて、少しだけ声を荒げた。
……俺が自発的にこのつるペタを触り散らしたとでも思われておいでだったのだろう。
「不可抗力であろうと、この少女を美女と錯覚し、あたかも豊満な胸であるかのように妄想し、それを捏ねたのは揺るぎない事実。その責はやはり私にあるのです。」
「捏ね…」
「カノンよ、そう真正直に口述するでない。女神にはちと刺激が強かろう。」
老師の言葉通り、女神は桜の頬を林檎のように染めておいでだった。
ご自分が何を叱咤されておいでなのか、頭でご理解はされていようと、こうして口でまざまざと述べられると途端にリアリティが増すのだろう。
「わ、わたくしも少々言い過ぎたようですね。…ごめんなさい、カノン。」
少女の胸を弄った俺の手が俺の意思ではなかったのだと知り、女神は俺に頭を下げられた。
「お、おやめください、女神!私は御身より礼儀を拝受できる人間ではございません!」
「いいえ、貴方を陰湿な性犯罪者だと決めつけ、醜悪の塊でも見るような目つきで一瞥したのはわたくしの不遜。詫びるべきはわたくしだったのです。」
「醜悪…。」
いや、純然たる乙女の化身であられる貴女様であれば、そう思われても致し方ないのであろうが。
…自発的では無くて本当に良かった。
相手が女児ではなく、本物の女であり、その上あのタイミングとあれば…‥本当に破門になっていたかもしれない。
「女神…。」
俺の主は本当に気高い。
思いやりに溢れ、深切は底を知らず、存在そのものが全美である。
「ありがとうございます。私のような一度道をそれた者に頭を下げて下さるとは…。
貴女のような大全たる神にお仕えできるなど、このカノン、末代までの誇りでございます。」
「かみ。」
俺が主に感謝の気持ちを述べると、突然、女神の腕の中の女児が口を動かした。
言葉の一部を拝借して、短く発する。
「かみ…。」
「神のような方と言う意味だ。
本来ならば、貴様のような下人が女神の腕に抱かれるなど、あるまじき事。至福であると思え。」
「カノン、下人とはなんですか、下人とは。」
「も、申し訳ありません。」
「…………あて、な。」
女児は真っ黒な瞳を真ん丸にかっぴらいて女神を見ていた。
先程から逸らすことなくずっと見つめていたのであろうが、そんなに見つめては女神に穴が開く。
「城戸沙織と申します。ユイちゃん、でしたね?」
「………。」
畏れ多くも女神より紹介を賜っているというのに、女児はコクリともしない。
この幼児…!
女神に失礼な態度を取るようであれば子供とて容赦はしない。
「可愛らしいブローチですね。イルカかしら?」
女児の胸元に水色の光を見、女神はそれに指を伸ばした。
「!!
ダメ、さわらないで!!」