星矢(Maine novel)

□First Ignition
54ページ/56ページ



え?へっ?!はぁ?!


長い睫毛を瞬かせて、女も俺を見つめ返す。

何が起きて、何を聞かれたのかよく分かっていない、そんな表情をしていた。


驚くのも無理はない。

光速で女を抱きしめられる芸当の持ち主など、俺を含めてこの世に十四名しかいない筈だ。



「細いな。」


両腕を締め上げて、女の身体の細部を感覚で確認する。

抱き寄せた女の身体は驚くほど華奢だった。

胸のサイズに気を取られがちであったが、括れた部位も一級品だ。

かといって、骨ばっている訳でもない。

薄い脂肪と、適度な筋肉。締まったウエストは俺の腕力に素直に応じ、猫の様にしなる。

腰の下に続く丸い尻も、さぞかし甘美な仙果であろう。



―――触れてみたい。



男である俺自身ですら、自嘲する時がある。


こういう時の男はどうしようもない。

獲物を目にすると、人道的感情以前に情欲が先走る。

今の俺の脳内は、一糸纏わぬ女を上下に揺さぶりたい衝動に塗り潰されていた。



「何で抱きっ…ぐぇ、苦しいですよ。」


状況を把握した女が、苦しそうに声を上げた。



「……きゃぁ、とか言わないのか、お前は。」

「はぁ?言いませんよ。」


…色気が無いな。



「どうしたのですか?いきなり抱きついて。ご気分でも?」

頗る健康だ。


一糸纏わぬうんたらかんたらを想像する時点で、俺の身体は至って健康と言えよう。



俺は女の耳元で、囁くように呟いた。


「――やっと勤務時間が終わった。」

「は?」

「俺は仕事には忠実な男だ。」

「はぁ?それは…良い事ですね。」

「だろう?主を裏切るわけにはいかない。例え、あの方がこの場に在らずとも。」


女神に拘束された時間。

それは俺たちには誇り高き至福の時だ。


仕事、任務、職務。

呼び方は様々あろうが、女神に従事を許された俺たちのかけがえのない時間。

仮にも“女神の”と呼ばれる俺たちだ。

そこに私事を持ち込むなど、怠慢かつ傲慢。“女神の”を拝借する身分にも値しない。



「主さんってことは、上司さんですね?随分と崇拝されてみえるご様子ですね。」

「あぁ、敬愛している。」

「でも、お仕事熱心なお兄さんとこれ(・・)にどんな関係が?」


女は自身を縛り上げる俺の腕を、顎で指した。  



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ