星矢(Maine novel)
□First Ignition
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岩牢に幽閉された時にも、今と近い感情を抱いたことがある。
だが、あれは己の罪が招いた結果であり、悔改めた今、屈辱には値しない。
が、今日この日のこれは―――これは俺の自尊心の問題だ。
「……俺が殺人鬼だったとして、お前。」
「はい、何です?」
「自分が殺されるかも、とは思わなかったのか?」
俺の言葉に、女はキョトンと目を丸くする。
「思いませんよ。だって、変態さんが狙うのは幼女ですから。私はほら、ちゃんと大人です。」
女は両手を広げ、よく見てと言わんばかりに胸を張る。
張り出された衝撃で、よく実った二つの膨らみがふるんと揺れて、俺は目を顰めた。
…女児より危険なのはお前だろう。
「ありがとうございました。ユイちゃんを保護して下さって。
えっと…“どうこ”さん、でしたよね?」
「え。あ、いや。」
唐突に出された敬意と推尊の先覚者の名に、俺は些か狼狽する。
老師の事だ。フロアカウンターから保育所へ連絡を入れた際、恐らくは名乗られておいでだろう。
「ちがうよ。どーこはべつのはんさむさん。」
「へ。」
「!」
声を上げたのは女児だった。
スカートに隠され暴かれないが、恐らくは曲線美を描くであろう女の片足に小さな紅葉で緩く纏わり、女を見上げている。
「どーこもごうかくだったの。ユイ、どーこもすき。」
おい、クソガキ。
女神のみならず老師までも呼び捨てか。
…否。怒るな、落ちつけ、クールになれ!何処ぞの枝分眉毛の弟子馬鹿男の叫びのようで不服あるが、背に腹は代えられん。
このような些細なことで怒りを露わにするから、何時までたっても老師に適わないのだ。
老師ならばきっと笑ってお許しになる。
いいや、老師の寛大なお心を以ってすれば、許すどころか癇に掠りさえしないかもしれない。
「…確かにフロントから保育所へ連絡を入れたのは童虎という俺の知り合いだ。
―――が、生憎、都合が悪くてな。俺が後を引き継いだ。」
「そうだったのですか、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
女は重ねて頭を垂れる。
事実とは少々異なるが、女児が俺を指名したとは間違っても言いたくない。
「ユイがね、このおにいさんがいいっていったの。」
!!!