星矢(Maine novel)
□First Ignition
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「……ご、ごめんなさい。」
女児は締まる肢体のひずみに顔を歪めながらも、幼子の未発達な腕を伸ばし、己を抱く大人の女を抱き返した。
「心配したんですよ。」
「……うん。」
「本当に本当に心配したんですよ。」
「……うん、ごめんなさい。」
女児の小さな丸い肩に、女は顔をうずめていた。
陶器のように白い頬が紅潮している。目じりに薄っすら光るものは安堵の涙かもしれない。
「無事で良かった…ユイちゃん…!」
「美子せんせい…。」
絵画のような逢瀬だ。
女児の女への心からの崇敬と、女の女児への深い愛情が空気を通して俺に浸透してくる。
保育者、被保育者間でこれほどの母性を強調できるとは素晴らしいな。
「………。」
俺はしばし二人を見下ろしていた。
仁愛深き光景にすっかり毒を抜かれ、つい一寸前に噴いた怒りも毒とともに蒸発してしまった。
そもそも、女神に準ずる俺たちに愛は絶対だ。
目前に愛を付きつけられたら、手も足も出なくなってしまう。
「………あ〜…」
だが、感動の再会にいつまでも魅了されているわけにもいかない。
時間を忘れたかの如く一心不乱に上半身を張り付け合っている保育者と被保育者に、俺は遠慮がちに声をかけた。
「水を差すようで悪いが―――ちょっといいか?」
「!!
そうでした!ユイちゃん、先生の後ろに隠れてください!」
「?!」
女は俺の声を聞くや否や、女児を締め上げから解放し、自らの背中の裏に追いやった。
すくりと立ち上がり、俺を正面に構えて仁王立つ。
女の双眼が俺を捕らえた。
黒い暗い、赤ん坊のように綺麗な漆黒の瞳がギラリと光る。
「!」
女の眉は眉間に寄せられていた。そうでなければ綺麗な弓型をしているだろう。
遠目でも知れる程長い睫毛は、吊り上げられた目じりを囲って強調し、彼女の感情を更に誇張する。
やや息の荒い鼻は、顔の中心で真っすぐ通り、東洋人離れした美しい頂を誇っていた。
頭の小ささを物語る小さい顎と、繋がる首筋は俄かに筋張り、皺一つなく、頭身の見事さを主張するかのように細く長い。
きつく結ばれた唇はほんのり赤く、今か今かと女の発声を待ちわびている。
初めて突き合わせた女の相貌に、俺は目を丸くした。
「う」
「貴方」
女はブラウスの上からでも分かるしなやかな腕を突き上げ、俺の顔をビシッと指さす。
「美しいな!」
「貴方先ほど、ユイちゃんの首を絞めようとしていたでしょう?!」