星矢(Maine novel)
□First Ignition
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女神は女児に顔を寄せ、別れの挨拶を口にする。
「うん。」
瞬き一つせず、女児は目前の藤色の美少女を見つめ返す。
「ユイね。」
「ええ。」
「さおり、すき。」
「えっ…あ、はい。あ、ありがとうございます。」
もう何度目かの女児の告白に、主は飽きもせず顔を赤くした。
俺たちに愛を説かれるのはお手の物でいらっしゃるのに、与えられた純粋な好意と返礼を述べるのに、いつまでも馴染みきらない女神は芯から純真であると感嘆すら覚える。
「またあいたいの。」
「え、ええ。お会いしましょう、いつかまた。」
「…いつか?」
女児の声音がやや落ちる。
「ええ。」
女神には女児の変化に気が付かれた素振りは無い。
「………うん。またね、さおり。」
女児は別れを惜しむように、女神に手を伸ばした。
伸ばされた小さな紅葉を、女神は白い御手で受け止める。
細い指同士を絡め合い、交えた視線で笑顔を運びながら、女神は大きく頷かれた。
「はい、ユイちゃん。」
「………。」
時間が来たからと、老師に促され、女神と老師は俺と女児を置いて次の出立先へと急ぎ去っていった。
エレベーターの扉が閉まっても、女児は女神の消えた鉄の扉の向こうを見据えて離さなかった。
「…あてな、いっちゃった。」
物悲しそうに、女児が呟く。
扉が閉まる直前。
女神が女児に手を振り笑顔を寄越したが、女児は振り返さなかった。
「おい、クソガキ。“あてな”ではないだろう。“さおり”だ。」
女神の申し出を快く受け入れておきながら、去られた途端に“あてな”はないだろう。
俺は女児を睨みつけた。
「……こわくないも〜ん。」
こ…っ?!も〜んだと?!
本っっ当に、可愛くないガキだな…!!
女神を目の前にしてあの態度(それは仕方がないとか思わないのが女神の聖闘士)、そして長上を敬わないその姿勢。
俺の苛立ちは頂点を極めた。