星矢(Maine novel)

□First Ignition
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「案に違わず、西の保育所の園児のようですな。
名前と七宝のブローチで特徴も一致しております。のう、ユイ?」


そう言い、老師は腕に抱いた女児を見た。孫や曾孫を愛でるようにお優しい面差だ。

老師の目を見返し、「うん。」と女児は小さな頭を縦に振る。



「ユイの担当保育士が迎えに来られるそうですじゃ。」

「先ほど仰って見えた美子先生ですか?」

「うん、美子せんせい。」


女神の問いかけを、女児は肯定する。


“美子せんせい”と唱える女児の表情は、僅かばかり綻んで見える。

本当に大好きなのだろうな。


「そうですか。それでしたら安心ですね。」


女神は安堵の溜息をつかれると、柔らかに微笑まれた。



「童虎、このままユイちゃんに付いて差し上げなさい。」

「それは構いませぬが、以後の随伴は如何されますかな?」

カノンに引き継がせます。構いませんね?カノン。」




降ってわいたような話とはこの事だ。

女神の信託深き我れらが先覚者たる老師の代役を、このカノンが仰せ仕るなど、これ以上の栄誉があろうか。


みたか愚兄!

貴様がギリシアの地で、デスクチェアに根が生えて動けぬうちに、俺は着々と女神の真なる忠臣の道を歩んでいる!

代役など小さな喜びと罵るのであれば罵るがいい!負け惜しみと下らぬ嫉妬を抱いた貴様など、笑い飛ばしてくれるわ!!


俺は腹の底の更に奥から咆哮したくなる衝動を必死に抑え、主に礼をとった。



「はい。我が主、女神よ、仰せのままに。」

「ふ、たった数時間だけですよ。大袈裟ですね。」


俺の作法は多少大仰(おおぎょう)に受け取られたかのかもしれない。女神はたおやかに口の端を待ち上げられた。

俺は至極の艶笑をしばし噛み締める。


噛み締める―――のだが



いや。



栄誉と忠臣への道は、たった一言の甲高い声によって粉砕された。


「ユイ、(シー)―――じゃなくって、このおにいさんがいい。」


老師に抱かれた女児が、なんの権利があろうか、小さな指を1本立てて俺を指名してきた。


「なっ!」


血迷ったかこの幼児(クソガキ)!!



「まぁ、カノンをご指名ですか?」

「儂では不服か、ユイよ。」


付き添いを却下された老師が、女児の顔を伺う。

フラれたというのに、平常の笑みを絶やさないところが、至って老師らしい。 



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