星矢(Maine novel)
□First Ignition
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「童虎、すぐに連絡を。」
「御意に。」
女神の命を受け、老師は踵を返す。
当然であるが、俺たちの胸の内の何とやらを爆発させて意思の疎通を、などと、便利な機能は使用できない。
フロアカウンターから保育所へ確認の電話を入れてもらうのだろう。
引き返す最中、老師に連れられた女児の真っ黒い双眸が、真っすぐに俺を見た気がした。
「女神、どうぞお掛けください。」
「ありがとう。」
俺はソファを主に明け渡し、すぐ傍らに直立した。
老師を待つまでの、この僅かな空白の時間。
ここぞ機宜とばかりに、世界財閥の長たる女神にどうにかして己の名を売り込もうと、触れ込みを狙うあざといビジネスマンが周囲にウヨウヨしているのだ。
俺は即座に彼らを一様に睨みつけた。
…半径5メートルは空気が張り詰めたか?
俺たちの凝望はかなり鋭い。
本気になれば5メートルといわず、もっと広範囲であたりを凍りつかせられるだろう。一般人ならば猶更、効果絶大だ。
「カノン。お勤めはご苦労様ですが、皆さんを怖がらせてはいけませんよ。」
「は、手加減は心得ております。」
女神の護衛と言っても、世俗ならば戦士ならずとも番犬程度で丁度いい。
…そういえば、あの女児には効果が無かったな。
子供相手で、このカノンにも無意識に緩みが出たのかもしれない。
「…カノンは何故、ユイちゃんと一緒にいたのですか?」
「は?」
唐突に背中から問いかけられ、俺は失礼ながらも肩越しに主を振り返った。
女神はニコリともせず、淡々とした表情で質問の続きを述べられる。
「幼い少女と貴方では、著しく不釣り合いな組み合わせです。」
お怒りになられている雰囲気は無い。単純に疑問を持たれたのだろう。
「貴方の―――ご、ごご小児性愛ではないのでしたら、どうしてご一緒に」
「女神、お顔が赤うございます。」
「! そ、そうですね。ごめんなさい。」
肩をしゅんと小さく丸められて、女神は縮こまれた。
小児性愛と口にされ、慙愧に堪えないご様子だ。
つい今しがた、高々と幼女趣味と誇張されたお方と同一人物とは到底思えない。
督責すべき罪では無いと知ったらば、瞬時に少女の女神に戻られるあたり、女神が如何に平等で清純であるかを際立たせる。
「誠に申し上げにくいのですが…。気が付いたら膝に乗っておりました。」