星矢(Maine novel)
□First Ignition
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「すき、とってもかわいい。」
「はっはっは!女神よ、幼子にまで好意を寄せられるとは、御身も隅におけませぬな。」
「ど、童虎!揶揄わないでください。」
老師に冷やかされ、その色付は更に昂揚される。
女神を主と仰ぐ俺たちへは、決して向けられない表情だ。
普段、精到な女傑であられる女神が、こうして尻込みをされる姿を拝見すると、女神は“城戸沙織”という十四歳の少女なのだと改めて認識させられる。
「あ、あのユイちゃん?」
照れて上擦った声で、女神は腕に抱いた少女を呼んだ。
「なぁに?」
少女は無垢な瞳を主に向ける。
「わ、わたくしの事は女神ではなく、沙織と呼んでは頂けませんか?」
「さおり?」
「ええ、“あてな”は非常に狭い範囲の限定された方からのみ呼称されているハンドルネームのようなものなのです。
ユイちゃんには是非、本名の“沙織”と呼んで頂けたらと思っているのですが…。」
「……。」
三歳児にそんな小難しい日本語が通用するのだろうか。
否、それよりも女神よ。
女神は多生されど女神だ。
御身の場合、“城戸沙織”の名がハンドルネームなのではございませぬか。
それほどに女神が今世の名を大切にされていらっしゃる故のご発言であるのか。
「……さ、おり?」
少女は女神の珊瑚の瞳をじっと見つめた。
「はい。」
女神もはにかみながらその視線に答える。
「さおり。かわいい、すき。」
俺たちの前では“女神”でしかない主の申し出を、少女は受け入れた。
どうやらあの晦渋な女神の台詞を理解したらしい。
この女児、意外と賢いな。
女児は「さおり。」と畏れ多くも呼び捨てで主の名を繰り返し読み上げ、にこっと天使の微笑みを主に手向ける。
…ふむ、笑った顔は可愛いな。
「ユイちゃん…。なんて、なんて可愛いのでしょうか。」
天使の笑顔に魅了された神格の美貌の主は、小動物を愛でるかのように女児に微笑みかけた。
「連れて帰られそうな勢いですな。」
畏れ多くて俺が発せられずにいた一言を、老師が口にする。
「誘拐が大罪でなければそうしたでしょう。」
「良識ある主君に幸甚いたしますぞ。」