星矢(Maine novel)

□Stage METIS 2
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「いや、失礼と言うより…」

「い、言うより…?」

「………。」

「………。」



先にも似たような沈黙が流れた気がする。


風の王はやや怪訝な瞳をして女を見ている。

女も同じくして怪訝に眉を寄せ、風の王を見ていた。



「………なるほど」


そしてやはり、口切ったのは風の王であった。


「そういう事か。」


やれやれ、と言った風体で彼は髪をかき上げる。


「夢だと思っているんだね、此処を。
夢だと思うと言うことは、君はまだ何も知らないのだろう。そして私の名を耳にしても、全く何もピン(・・)とこないのではないかい?」

「え…?」


女は返答に詰まった。



彼はこの場所が夢の中ではないと言ってる。

そして、彼の名を知って、何も察していない自分を指摘している。



男の言葉に、女は不安に眉を寄せた。



「(だって…ここは夢ですよ?)」


夢でなければ現実とでも言うのだろうか。



雲の海も、眼下の煌めきも、満天の星空も、清廉な夜明けも、荘厳な朝日も。

どれも現実にある光景に他ならない。


けれど、この場、この状況、こうして自分がここに在る事自体が夢である以外に当てはまらない。




「すまない、攻めているわけではないんだ。」


女の返答を待たずして、風の王は微笑んだ。

どこか自嘲に近い微笑みだ。



「―――送ろう。帰り方が分からないだろう。」


女の気持ちを看取ってか、風の王はそっと右手を差し出した。


「……。」


女は躊躇しつつ、その優美に曲げられた四本の指を見る。


この腕の伸ばし方には覚えがあった。

礼儀を重んじる国の特徴的な握り手の手法だ。



「…ギリシアの方?」

「!!―――…あぁ。」


風の王は淡く、けれどどこか残念そうに首肯した。

その瞳が妙に女の胸を痛める。



「………さっき、“私と貴女の仲”と仰ってみえましたね。
貴方がギリシアの方だと…私は知っていなければならなかったのでしょうか?」


沈黙よりこちら、この男から悲壮感を感じてたまらない。

まるで、己たちが現実の世界で知己であったかのように。


そうであるなら、自分の反応はとんでもなく彼の心を痛めるだろう。

けれど、自分と彼とは初対面の筈なのだ。それこそ、夢の住人と思しき程に。


彼の沈痛の面持ちの理由が見えてこない。

女は唇を噛んだ。



「いや、君は知らなくて当然なんだ。」

「でも、とても傷ついた顔をされたわ。」

「!」

「ここは…私の夢の中ではないのかしら?でも、現実とも思えない。もしかすると、本当に常世の国?」

「―――とても近い。けれど、今の君は知るべきではない。」

「……私は貴方に謝るべき?」

「いいや。謝らない、が正解だ。」

「――……でも」

「手を。」

「………………はい。」



勧めに従い、女は風の王の手を取った。


風の王は故郷(くに)の礼節に則り、女の母指以外を軽く持ち、徐に女を引く。


女が立ち上がり、目線が近くなると、やや俯いた表情で口を開いた。



「……君の名を教えてくれないか?」

「え。」

「名前だよ、知っておきたい。」


キュッと、取り合った手に力が籠められるのを女は感じた。

その力の十分の一程度の力で、女もキュッと男の手を握り返す。




榊…美子と申します。」





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