星矢(Maine novel)

□Stage METIS 1
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「…パンダだよ。」



「目の周り、煤で真っ黒になってる。」

目の周り?

「そう。」

パン…ダ?

「うん。」

…………。

「…………。」



「う?」

嘘でしょう?!やだっ!恥ずかしい!!

「あはははっ!だから“可愛すぎる”って言ったのに!」

可愛くないわ!パンダは可愛いけど、こんなので可愛いって言われても嬉しくないわ!!

「折角綺麗な身なりをしているのに、顧みないで探し物なんてするからだよ。」

だってアレが無いと

「うん。私が‟地上に帰れな”いから、だろう?―――ありがとう。」

お、お礼なんて…っ。
やだ、もぅ…。鏡――は真っ黒で覗けたものじゃないし。


「おいで。拭いてあげるよ。」



「……そんな顔しなくても、とって食べたりしないから。ほら、目を瞑って。」

……。


女性はアイオロスに顔を上げると、瞼を閉じた。

アイオロスは壊れ物に触れる様に、女性の頬を緩く捉える。


丁寧に優しく、指で目元の煤を払う。


こうまじまじと女性に眺入ると、改めて自分と違う生物であるのだと実感する。



自分の両手にスッポリ収まる小さな顔。

くるりと長い睫毛が、扇型に規則正しく並列している。

しっとりと潤う紅い蕾の唇。

陶器の様に白く滑らかな肌。


生きている事を証明する、上下に躍動する胸。

手の平から伝わる彼女の温かい体温。


「(そうか、私は死んでいるのだから……。)」


改めてそう知ると、無性にそれが歯痒くなって、アイオロスは唇を噛みしめた。


彼女は生者で、自分は死者。

現時点では変わらない事実だ。



もしも生者となれたならば。



「!!」


不意に沸いた劣情に、アイオロスは首を横に振った。


彼女には触れてはいけない。

彼女は他人のものだ。


彼女たちは、如何なる些細な誓約であっても、たとえそれが妖しい誓いであっても、一度立てた約束を違えてはならない。


偽りは重大な罪だ。



「(何を叶わぬ事を…私は)」


何処からともなく湧き出した無意味な想いに苦虫を嚙み潰しながら、アイオロスは女性を望む。 



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