星矢(Maine novel)
□Stage METIS 1
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壁に空いた大きな穴だ。
「この部屋よ。」
女性が部屋と呼んだ穴には、向かって左側に扉らしい木片がぶら下がっていた。
かつては両開きの扉が設えてあったのだろう。穴の淵の左右に対称に残る蝶番の形跡がそれを物語る。
「危ないわね、この扉。」
女性がぶら下がった木片に触れると、木片はたったそれだけの衝撃で床へと落下した。
落下先では小規模の埃の嵐が起きる。
「……悠久って残酷ね」
その呟きに、アイオロスは耳を寄せる。
「思い出深い場所かい?」
「それなりに、ね。
ごめんなさい、ほんのちょっぴり感傷に浸ってしまったわ。」
女性は表情を一転させて微笑むと、部屋の敷居を跨いだ。
アイオロスもそれに続く。
穴の向こうはリビンクルームのようだった。
やはり煤塗れで見れたものではないが、よくよく注視すると、時の彼方に葬られた居住者の営みが浮かび上がってくる。
広々としたソファ。
酸化して硬化し、変色したカーテン。
14の腰掛に囲われた大きなダイニングテーブル。
テーブルの上には何も刺されていない花瓶と、数本のナイフとフォーク、クシャクシャに丸められたナプキンが転がっている。
奥の食器棚の戸は開きっぱなしで、仕舞われていたと思われる食器が床に落ちて割れ、破片を飛び散らせていた。
「(蛻の空って感じだな…。)」
率直な感想だった。
「風の王はここで家族と?」
「ええ。それはもう、大所帯で―――
って、あら?ここじゃなかったかしら?」
部屋中を見渡すアイオロスを尻目に、女性はソファやテーブル付近を弄っていた。
頭を椅子の下に突っ込んだり、煤けたソファを叩いてみたり。
「う〜ん…この辺だと思うんだけど。」
目的の物が見当たらないらしい。首を捻らせている。
「探し物かい?」
「そうよ。アレが無いと貴方が地上に帰れな」
「ぷはっ!!」
「へ?」
女性の台詞を最後まで聞き終わらない内に、アイオロスは吹きだした。
彼女の顔を見て笑ったのだ。
「ちょっと?失礼よ。レディの顔を見て笑うだなんて。」
「いや、うん、そうだね。
でも、ははっ、凄い!可愛いすぎるっ。」
「?」
とうとう腹を抱えて大笑いを始めた年下の少年に、女性は訝しげに首を傾けた。
「一体、何が可愛すぎるの?」
怪訝に顔を歪め、アイオロスに歩み寄る。
「はははっ!寄らないでくれ!」
「……聞き捨てならないわね。私が笑っている間に白状なさい?」
3回目の捻くれ女性の降臨だ。
どうしてくれようか、この可愛い女性。
一々ツボを外さない彼女の愛くるしさに、アイオロスは胸を焼かれた。
もう我慢がならない。