星矢(Maine novel)
□Stage METIS 1
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「何それ、ひどい。」
「ふ。その顔、底なしに可愛いから、しては駄目だよ。」
尊い存在である女性の頬を、人差し指で突く。
女性は「年下のくせに…。」と拗ねた目でアイオロスを見上げた。
その顔がまた、とんでもなく愛愛しくて、アイオロスは思わず笑いの音量を上げてしまった。
女性が更にへそを曲げたのは言うまでもない。
「むぅ…まぁいいわ。笑ってくれるならそれで。
それはそうと…浮島の名前も伊達ではなくなったのね。」
アイオロスに宥められ、捻くれ顔を正した女性は、気を持ち直してそう言った。
「へぇ、そうなのかい?」
アイオロスが相槌を打つ。
「昔は地上にあったのよ、この島。」
「地上に?」
「聞いたことはないかしら?オデュッセウスの話。」
「ホメロスのオデュッセイア?」
「ええ。」
オデュッセウスはギリシャ神話で謳われる英雄の一人だ。
ホメロスは古代ギリシャの吟遊詩人であり、オデュッセウスの数々の冒険と誅殺までを謳った叙事詩オデュッセイアの作者である。
確かにその韻文に、海に浮かぶアイオリアと呼ばれる孤島が登場する。
「そうすると…風の主が住んでいたという、あの…?」
「そうよ。
この島に彼が住まいを構え、彼の意志によって東西南北、全ての方向に自在に風を操っていたの。」
「そうなのか。」
「あの頃は大海原にポツンと浮かぶ島ただの島だったから、正しく浮島だったのだけれど、こうして宙に浮かぶと、ね?」
成程、それ故の“伊達ではなくなった”か。
「風の主は私の友人なの。」
「ふぅん、男性かい?」
「ええ、大好きな人だわ。」
「………ふーん。」
女性が大輪の笑顔を咲かせた。
その友人とやらの事が、本当に大好きらしい。
どことなく面白くなくて、アイオロスは口を閉ざした。
それとは別に、彼女の一言が気にかかる。
「“風の主”?
確か、ここへ来る前にもそう言っていなかったかい?」
浮島へ訪れる前。
輪廻に突入する一歩手前。
女性が自分の前に現れた、あの時だ。
『風の主。風に愛された貴方は、アイオロスの受託者となった。』