星矢(Maine novel)
□Stage METIS 1
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「沈黙?
ふふ、いい返事だわ。」
女性は目先を前方へ戻した。
反動で首筋の後れ毛がふわりと泳ぐ。
触れば心地良さそうなその動きを見つめ、アイオロスは言った。
「…私には、弟がいるんだ。」
「え?」
女性は立ち止まり、アイオロスを見た。
振り返った先の少年の顔は妙に暗い。
「…ロス?」
「この島と同名の―――同じ名前の弟がいるんだが…。
その…弟に、この島は関係あるのだろうか?」
風の主アイオロスと、自分が繋がっていたように、神の小宇宙で空に浮かぶこの孤島と弟が。
アイオロスは声音に不安を宿し、正面の漆黒の美女を見る。
この世でたった一人の弟。
弟は誰の加護とか、誰の約束とか、一切無くして弟としてのみで在って欲しい。
大切で、大切で。
可愛くて、可愛くて。
胸に思えば愛おしさで我をも忘れてしまいそうな、唯一の肉親。
「(なんて…無垢で高潔な小宇宙。)」
アイオロスの小宇宙が痛いほどに伝わってくる。
彼の優しい切実な思いが、じんわりと女性の心身に浸透していく。
家族を憂う彼の溢れそうな綺麗な想いに、女性は粛として口を動かした。
「弟さんの事、大好きなのね。」
途端にアイオロスの顔が赤くなる。
はにかみながらも彼は言った。
「――うん。兄さん、兄さんって、言ってくれるんだ。
この13年間、辛い思いをさせてしまったから、今度会う事ができるのなら、うんっっっと、抱き締めてやりたい。」
「そう、素敵ね。」
煌めくような女性の声音が場に響く。
アイオロスを愛おしそうな瞳で見つめ、穏やかに微笑んだ。
それは恋情に絡んだ笑みではなく、身内を案じるアイオロスに対して、女性ならではの温かさを感じさせる笑顔だった。
「ロス。安心して。
関係がない、何て言ったら嘘だけど…貴方の弟は、アイオリアは大丈夫だから。」
アイオロスを安らぎへ導くように、彼女は囁く。
「本当に?」
「この島に人間を作用しようとする力があると思う?」
「それは…。」
見る限り、浮島は浮遊だけが特別の荒廃した単なる島だ。
「例え問題があったとしても、どうという程ではないわ。
あなたも相当すごいけど、弟君も結構やるのよ。何より貴方の弟よ?」
太鼓判を押すように、彼女は艶やかに破顔した。
心の全てを奪われてしまいそうな、至高の笑顔だ。
「それに、弟さんが心配なら、傍でずっと見守ってあげればいいのよ。
これからはそれが可能なのよ?」
―――現世に蘇れば。
女性はそう言って、一つの穴の前で立ち止まる。