星矢(Maine novel)

□Stage METIS 1
18ページ/23ページ



沈黙?
ふふ、いい返事だわ。



女性は目先を前方へ戻した。

反動で首筋の後れ毛がふわりと泳ぐ。

触れば心地良さそうなその動きを見つめ、アイオロスは言った。



「…私には、弟がいるんだ。」

え?


女性は立ち止まり、アイオロスを見た。

振り返った先の少年の(かんばせ)は妙に暗い。



…ロス?

「この島と同名の―――同じ名前の弟がいるんだが…。
その…弟に、この島は関係あるのだろうか?」


風の主アイオロスと、自分が繋がっていたように、神の小宇宙で空に浮かぶこの孤島と弟が。


アイオロスは声音に不安を宿し、正面の漆黒の美女を見る。


この世でたった一人の弟。

弟は誰の加護とか、誰の約束とか、一切無くして弟としてのみで在って欲しい。


大切で、大切で。

可愛くて、可愛くて。


胸に思えば愛おしさで我をも忘れてしまいそうな、唯一の肉親。



「(なんて…無垢で高潔な小宇宙。)」


アイオロスの小宇宙が痛いほどに伝わってくる。

彼の優しい切実な思いが、じんわりと女性の心身に浸透していく。


家族を憂う彼の溢れそうな綺麗な想いに、女性は粛として口を動かした。


弟さんの事、大好きなのね。


途端にアイオロスの顔が赤くなる。

はにかみながらも彼は言った。


「――うん。兄さん、兄さんって、言ってくれるんだ。
この13年間、辛い思いをさせてしまったから、今度会う事ができるのなら、うんっっっと、抱き締めてやりたい。」

そう、素敵ね。


煌めくような女性の声音が場に響く。

アイオロスを愛おしそうな瞳で見つめ、穏やかに微笑んだ。

それは恋情に絡んだ笑みではなく、身内を案じるアイオロスに対して、女性ならではの温かさを感じさせる笑顔だった。


ロス。安心して。
関係がない、何て言ったら嘘だけど…貴方の弟は、アイオリアは大丈夫だから。



アイオロスを安らぎへ導くように、彼女は囁く。



「本当に?」

この島に人間を作用しようとする力があると思う?

「それは…。」


見る限り、浮島は浮遊だけが特別の荒廃した単なる島だ。


例え問題があったとしても、どうという程ではないわ。
あなたも相当すごいけど、弟君も結構やるのよ。何より貴方の弟よ?



太鼓判を押すように、彼女は艶やかに破顔した。

心の全てを奪われてしまいそうな、至高の笑顔だ。


それに、弟さんが心配なら、傍でずっと見守ってあげればいいのよ。
これからはそれが可能なのよ?



―――現世に蘇れば。


女性はそう言って、一つの穴の前で立ち止まる。 



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ