星矢(Maine novel)

□Stage METIS 1
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不意に、女性に頭部を引き寄せられた。


気付いた時には女性の胸の中にいた。


頭を抱かれている。

女性の体面上、一番柔らかい場所に包まれているのに、不思議と恥じらいを感じない。

母の胎内にいるように、温和で落ち着く。



そうね。貴方はたった14歳で今生に別れを告げた少年。不安にもなるでしょう。
でも、言ったでしょう?大丈夫って。私がいるからって。


「貴女が」

自信を持って。

「でも…私がいる事で、背徳を覚える者がきっといる。」

大丈夫よ。貴方が愛を受け入れれば。
彼らとて、愛と正義の戦士なのだから。


「……。」

どうしても不安なら、私を感じて。
私が傍にいるから、傍で見守っているから、助けに行くから、安心して。ね?


「私を、助けに…?」



女性は首を縦に振る。


助けるばかりで、助けられたことなどない。


無論、それが当然の事だと思っていた。

聖闘士として生を受けた自分の、運めなのだと思っていた。



貴方は多くの人を救ったわ。
女神、友、ペガサスも、射手座の聖衣でさえも。
貴方の意識が宿らなければ、聖戦は過去に繰り返してきた悲しみと、同じ末路を辿ったでしょう。


「私の意識…」

ええ、アイオロスの想い。
正義を貫き、命を尊び、女神と平和を敬愛する気持ち。




そうなのだろうか。

本当にそうなのだろうか。


ならば、救われる気がする。



アイオロスの名が地上へ降り立った時、知ったの。

「何を?」

聖戦の終わりを。―――世界の平和を。



女性は自分を、正面に射抜き、確信を示すべく強く言い放った。


なんと穢れの無い瞳か。

なんと不動な想念か。



「――――あなたは、一体…。」



もう、聞かずにはいられなかった。

女性の事を知りたいと思った。



私は―――――


女性は微笑みを湛えると、ゆっくりと唇を動かした。





































アイオロスの手を、彼女が引いて歩いていく。



死者が地上へ甦るには、道標となる光が必要なの。


抱擁の後、彼女はアイオロスを見つめてそう言った。


「道標…。皆に降りた女神の光の事かな?」


アイオロスは閃いて返答する。

同志たちが甦って行く中で、皆々の前で女神の光が煌々と輝いていた事を思い出す。


女性は微笑んで頷くと、アイオロスの手を更に強く握り締めた。

細い指が、アイオロスの少年の指に絡みつく。

アイオロスも答えるように、繋ぎ手に力を込めた。



…待っていれば、あの子がいずれ、貴方にも光を届けるでしょう。でも…。

「でも?」

転生の輪に入ってしまったら、如何にあの子と言えど、貴方にたどり着けなくなる。



瞳に緊張を宿し、彼女はアイオロスを見上げた。

漆黒の瞳が心なしか潤んで見える。


「けれど、この13年間…私は私のまま冥界にいた。転生なんて」


13年も冥府にいて、転生などただの一度も皆無であった。

女性は悲しげな表情で、ゆっくりと首を横に振る。


それは貴方が、ずっと見守っていてくれたから。

「私が?」

聖戦が終わって、何を思った?
もう、後悔はないと思わなかった?


「………。」


アイオロスは短く首肯する。

後悔など、ある筈もなかった。

世界に平等な平和が齎され、永劫の幸が約束されたのならば、思い残すことなど無い。


魂を今生を繋ぐものは、後悔と言う名の名残が一番強いの。
貴方には“見守り”という強固な意志が働いていたわ。


「………。」


その頑丈な意志が剥がれ落ちれば、来世を待つ清い魂となる。


本当に…間に合って良かった。」 



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