Side Story
□過去の拍手たち
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『主よ人の望みの喜びよ 』
鍾の音が聞こえる。
きっと全ての世界、全ての階層に、この鐘は鳴り響いている。
発信源はここ。
海の底の荘厳な神殿。
何度見ても豪華だわ…。
私の両親の方がよっぽど質素な屋敷に住んでいるかも。
所帯が所帯なだけに、やたら大きな家だけれど、掘立小屋みたいよ? ウチ。
そりゃ、住んでいる年月が違うから、ボロなのは致し方ないのだけれどね。
今日はお祝いの日。
六姉弟の上から5番目の男性が結婚するの。
めでたいでしょ?
お相手は誰か、と言うと…。
勿論この間、彼が私の所に相談にきた、論点の彼女。
彼女、って言うのも他人行儀ね。
――私の大切な妹よ。
聞いた時はびっくりしたわ。電撃も電撃、超電撃よ。
アドヴァイスをしたのって、ちょっと前の事よ?
えっと…日数で言うと…1、2、3…。
両手で数えて指が余っちゃうんだけど。
でも、ふふ。良いわ。
新郎さんは私に誓いをくれたもの。
“妹を好き”だって。
“その想いを誰よりも尊重する”って。
そしてきっと、今日は違う誓いを立てるんだわ。
もっともっと、深くて、未来永劫の誓いを。
式の始まりを、今か今かと待ちわびる。
参列客で埋まり、ザワザワと落ち着きのないこの中で、一瞬。
息を込めた様に場が静まり返った。
皆、一斉に神殿の入り口を見やっている。
私はそれに逆らうように、神殿奥の祭壇をじっと見つめ座っていた。
新郎新婦の入場にはまだ早いわ。
注目を集めるのは、別の方。
私はその方がどなたであるのか知っている。
私たちの―――。
世界の全てを統べる。
王。
彼の様子が、背中越しでもビリビリと伝わってくるわ。
あっちをキョロキョロ。
こっちをキョロキョロ。
…誰か、探しているのね。
みんな貴方を見てる。早く見つけてしまって。
気が散るわ。
やがて彼は、一点を見つめると、堰を切ったように歩き始めた。
真っ直ぐ、一直線に。
―――見つけたのね。
始めはゆっくりだった歩調が、徐々に回転を速め、最後には小走りになる。
…ちょっと。王様なんだから、もっと優雅に振る舞った方が良いんじゃないの?
そんな事を考えていたら、彼は目標物に到達した。
手にした獲物を後ろからギュゥっと抱き締める。
うっ…苦しい。
抱き締め際に、“会いたかった”と囁やかれた。
「………。
お方様、皆が見ています。
お放し下さい。」
この結婚式の為、ありとあらゆる方々がこの神殿にお見えになっているわ。
新郎の格式のせいか、凄いビッグネームだっている。
こんな姿見られたら、噂を肯定したみたいになってしまうわ。
それでもお方様は、嫌だ、離したくない。とダダを捏ねる。
もぅ…困った方。
ちょっと可哀想だけど、奥の手を使おうかしら。
「お方様、ご覧になって?」
1本指を立てて、彼の視線を誘導する。
示した先には………。
私の両親。
母は、あらあらまあまあ、とでも言いたげに、口元を指先で押さえている。
娘のこんな光景を目にしても、強ち、嫌そうではなさそうね。
大変なのはその隣。
私の父親の方。
こちらを鬼の形相で睨んでいる。
う〜ん、さすが。
“赤”じゃなくて“青”鬼ね。
即刻うちの娘からその手を離せ!!!…って感じかしら。
妹の突婚ですら、娘溺愛のあの父がOKを出したって聞いて、ビックリしたのに。
よもやその結婚式当日に、今度は姉のラブシーンを目撃しちゃうなんて…。
男親としては受け入れらないわよね。
例えそれが、新郎さんでも貴方でも。
どんな方を連れてきても―――絶対に反対するんだわ。
―――ねぇ?
貴方もそうなのかしら?
もし、もしもよ?
私たちが、噂に違わず付き合って、結婚なんかもして。
……子供が生まれて、女の子だったりしたら。
その子がボーイフレンドとか連れてきたりしたら。
貴方も反対するのかしら。
―――――。
なんて、ね。
もしもの事を言っても、仕方ないわ。
彼は両親の威嚇(正確には父のみだけれど)を受け取ると、徐に腕を離した。
若干名残惜しそうなのは気のせいよね、きっと。
でも、腕を離すって事は…。
………本当に、貴方が私に本気だと仮定して。
やっぱり、女側の両親からは嫌われたくないものなのかしら?
そんな事を考えていると、一際大きな鐘の音が轟いた。
新郎新婦の入場よ。
波が引くように、神殿は静寂に包まれる。
賑やかな雰囲気から一転、厳かな空気の中、笛の根が鳴り始めた。
新郎新婦登場の前に、最深部の祭壇には3人の女性が現れる。
六姉弟の女性陣。
火と、実りと、契を説く彼女たち。
……そう言う事。
どうして貴方があちら側に立たずして、参列側に顔を連ねるのか、少し疑問に思っていたけど、飲み込めたわ。
大方、2番目のお姉さんに「男の出る幕じゃない。」とか言われたんでしょう?
ふふふ、仲が良いんだか悪いんだか。
彼女たちが肩を並べ、前を見据えると、それは式本番の合図。
夫婦となる男女のシルエットが神殿に落とされた。
左側には一際大きな影。
右側には小さな可憐な影。
あぁ…。私の妹。
可愛いあなた。
なんて、なんて綺麗なの。
白い長衣に身を包れて、白銀の冠を頭に飾って。
私よりも、ほんの少し明るい美しい髪を、大洋の様に靡かせて。
この世の何をも凌ぐ、眩いほどの美しさよ。
門出の二人は、腕を取り合って、祭壇へ向かう。
ゆっくり、ゆっくり。
途中、何度も新郎が新婦を振り返った。
こらっ、駄目じゃない。
………でも、ありがとう。
妹が心配なのよね。
慣れない服着て、慣れない足取りで進む彼女が。
振り向いちゃいけないけど……。
お願い。
存分に思いやってあげて。
私はそこに助けには行けないから。
これからの未来を、支えて、支え合って、供に歩んで行く二人だから。