Side Story

□過去の拍手たち
16ページ/27ページ



女性はふふ、と顔を和らげると、視線を黄金の板に戻した。


…何を作っているのかしら。


「兜よ。」


どうやら、この女性には私の考えが筒抜けのようね。

声にするだけ無駄かしら。


「そんなことないわ。―――誰かと話すなんて久しぶり。
こんな環境だと、誰ともお話できなくて。」


誰とも?

旦那様は?


「向こうには、私の声が聞こえるみたいだけど、私には聞こえないの。私、全能じゃないから。

―――ねぇ、お話しましょうよ。」



彼女はトンカチをノミに持ち替えて、器用に作業をしながら私に提案した。


お話、ね。


私は周囲を見渡して、辺りの鼓動に注意する。

確かに、この闇の中には私たち以外に気配が無い。



………。

………。

………え?

でも待って。


一つだけ、小さな鼓動を感じる。


トクントクンと、もの凄ごく弱々しいけれど、確かな鼓動。


これは―――。



『貴女の体内<なか>から聞こえるわ。』


私がそう言うと、女性は顔を綻ばせた。


これ以上ない、最高の笑顔。

表情の全てから輝きを放っている、幸福の笑み。



「お腹にね、赤ちゃんがいるの。」

『やっぱり!おめでとう!』

「ふふふ、ありがとう。
貴女に言われると、ちょっと複雑だけど。」

『……どうして?』



私の問いに、朝焼けのように美しい女性は肩を竦める。

少しの間を置いてクスリと微笑むと、静かに言った。



「いずれ、分るわ。」

『さっきも言ったわ、それ。』

「ふふ、そうね。」



女性はノミを翳す。



ガッガッガッ



ノミの角を器用に使って、黄金の板に傷をつけた。


『いいの?傷。』

「この傷はね。
アタリだから。まだまだ作業はこれからだし。」

『貴女の兜?』

「いいえ。お腹の子供の。」



まぁ…母お手製の兜。

無限の愛で、すごい守護されそう。



「あの人には悪いけど…生まれたら彼の頭を割って貰わなくちゃ。」

『え?頭を?
…普通に生まれないの?』

「私からは普通に生まれるでしょうけど。
外に出すには内側から衝撃を与えて頭痛を起こさないと。
兜はその為のアイテムよ。」



………。


外。

内側。

衝撃?


訳が分からないわ。



「いずれ、分るわ。」

『さっきもさっきも言ったわ、それ。』

「ふふふ、そうね。芸が無いわね、私。

―――不思議ね。
自分の時と、まったく同じ会話をするんだわ。」

「え?何?」

「何でもないの。いずれ――…」

『“分るわ?”』

「ふふ!その通り。」



私たちは顔を突き合わせて笑った。

笑い声のタイミングが嘘みたいに一致する。

まるで自分自身みたいに。








「そろそろお帰りなさい。
貴女が此処に来るのは、もっと先のお話よ。」

『もっと先?
今も此処にいるのに?』

「お化けみたいな体じゃ、いるなんて言えないわ。
実体の貴女が、此処に来るのは―――って事よ。」

『成程。』

「納得してないで。
さぁ……目を覚まして。」


女性が私の目元に手を伸ばした。


彼女の手のひらはヒンヤリとした水の感覚。



……私と同じなのね。

気持ちが良いわ。





彼女を照らしていた一筋の光は、細い手の平に遮られて、私の視界は再び暗闇になる。

漆黒の世界に轟いていた筈の3つの鼓動は―――。



やがて、私1人のものとなった。




















目が覚めると、そこは見慣れた天井が広がっていた。

住み慣れた、私の自室だわ。


「夢…ね。」

声も空気に振動しない。


「………。」


不思議な、不思議な夢。


あの夢の中の、夢のような人は、一体誰だったのかしら。



そして、あの真っ暗な闇。


彼女は“此処”と言ったけれど…。

あそこは一体―――。





何処なのかしら。






〜交差〜かの聖衣〜 終〜

過去の拍手目次へ戻る



聖闘士星矢TOPへ戻る
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ