Side Story

□過去の拍手たち
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『忘却の彼方に』



一寸先も照らす明りのも無い、暗い暗い闇の中。

空気の音すら響かない、静寂よりも更に息を潜めた混沌の地の末。



混沌と空間は同一よ。



遥か太古、多くの未熟な原子は混沌に抱かれていた。

それらは世界を創造する種。

未固化であったそれは、重みを帯びるとやがて巨大な固まりとなり、世界の基盤を誕生させる。


基盤の誕生により、完全に近しく成長した原子たちは、似かよって引かれあう信号を頼りに、個々に結合して基盤上に更なる世界を築いた。

築かれた新たな“世界”は、私たちの営みの空間となる。



…少し分りにくいかしら。

早い話が、“混沌”とは私たちの住む“空間”を形成しているわけ。

如何に“混沌”が尊大で果てし無い存在であっても、空間を遡って考えてみると、常に私たちと共にあるよ、って事。



“混沌”だんて…良く言ったものよね。

正に色々な物が混ざり合って存在する、混然とした位相空間。

その中には善も悪も点在して、どちらが競り立つ事もせず、只々じっと息を殺している。


此処には全ての理が通用しないのだわ。


だからこそ、私は此処を親しみ、爾汝の交わりを持っていた。



あ、勘違いをしないでね?

此処といっても、直に“混沌”に触れたわけではないの。

混沌は基盤の誕生を見届けると、何処かへ身を潜めて、私たちの目の前から姿を消してしまったから。

さすがに私が生まれる前の話だし、私の両親ですら、会った事は無いと思うの。



混沌を感じるのは―――そうね。

目を閉じて、混沌の生んだ基盤と新たな世界へ向けて、体内のそれを爆発させれば、気流の様に素肌に感じる事が出来る。

姿が見えなくても、そっと呼びかけに応えてくれる。


善も悪も平等に評価した混沌は、個人の身勝手な感情に、一番の安らぎを与えてくれる気がするわ。



あぁ…私たちと共にある。

密に体感する事が出来るのよ。






では“此処”って何?


そういう疑問に辿りつくわよね?


此処はね、“永遠”。

混沌から生まれ出でた、永劫と呼ばれる場所。


場所って言ったら失礼ね。

生み出された中で、唯一時の干渉を受けない“お方”よ。

混沌の子として有名な基盤や、新たな世界よりも、私はこの方が混沌にそっくりに思えて仕方がないの。


この方は闇の中で、微動だにせず、鎮座しているだけ。

世界に巻き起こる多くの惨事を、世界に舞い降りる数多の幸を、黙って見届けているの。



“永遠”だから。

前にも進まない、後ろにも引けない、無窮の時間を司っているから。



そのせいか、彼の存在は“世界”から忘れ去られてしまった。

ご兄弟である、基盤の方々ですら、彼の事を忘れてしまったよう。


此処はいつも静か。

彼の細い気配だけが蔓延る、久遠の地。




もう1度言うけど、私はこの方へ親しみを持っている。



あの戦いで、私は眷属を裏切ってしまったから。

そんなつもりは無かったけど、結果としてそうなってしまった。

眷属には反逆の眼差しを向けられ、助力した彼らの中でも、私に後ろ指を指す者は多い。

6姉弟が庇ってくれるから、実質的な被害は無いけど…。

やっぱり辛いものね。


でも、この方の傍にはそれが無い。

理非曲直も全て包んでくれる。

凄く落ち着けて、心地が良いの。





この方と出会ったのはね、あの戦いの最中。

古より力を振るいし大いなる敵方に、苦戦を強いられる中で、私はあのお方の乗る戦車を探していたの。


戦場を縦横武人に駆け抜ける、鉄壁の戦車。


戦いに勝利をするためには、絶対に必要だと思ったの。

でも、そんな強大な敵さんよ?

彼らの攻撃を掻い潜るだけの戦車を作れる方なんて、簡単には見つからなくて、正直途方に暮れていたわ。



そんな折、この方の事を小耳に挟んだの。

勿論、世界の忘却の彼方に追いやられたこの方を、知っている者なんて皆無だから、混沌に聞いてみたのよ。

さっき言ったみたいに、体内のそれを爆発させてね。



混沌の解答に半信半疑しながらも、混沌の教えて貰った通りに、その方を尋ねてみる。


その方は―――彼は、私の訪問に驚き、大いに喜んでくれた。

自分の存在を知ってくれている者が、まだいたのか、って。

騒がしいのは疎ましいけけど、悠久の時間の中で、ずっと一人でいるのは寂しいから、って。

前触れもない私の訪問と、突然の依頼にも、彼は快く答えてくれたわ。



さすが混沌のご子息様。

とてつもない戦車を作り上げてくれた。



不滅であることを象徴したアダマス製。

黄金を避けたのは、金よりもアダマスが永遠を主張しているから。


天駆ける神馬を使用せず、桎梏に繋いだのは古今東西の風神たち。

襲いかかる敵陣の刃を、華麗にかわして見せた。


あのお方の俊敏で猛虎な足となり、私たちの勝利に寄与してくれた。




今日は、そのお礼に伺ったのよ。





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