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□Another
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ふと、頬に風を感じた。
窓を締め切った部屋にするはのずない潮風。
おかしく思い窓に目をやると人影がそこにあって心臓が跳ねた。
すぐさま立ち上がり闘いの構えをとる。

いつの間にそこに居たのだろうか。月明かり差す窓辺に立ち、今まで翼に変じさせていた両腕を人の形に戻らせながら。たった今来たばかりの余韻が、幽かに残る青い炎で知れた。

「不死鳥マルコ…?」
何であんたが、どうしてここに。
不覚をとった。目を閉じて思考の中に居たものの、いくら相手が気配を消していたとはいえ近付いてくるのに気付かなかったことに内心舌打ちをする。
今頭の中に居たはずの男はすぐ目の前に立っていて、窓枠に体を預けている。まるで頭の中から飛び出してきたかのようだった。

「お休みのところ、邪魔するよい」
夜に合う穏やかな低い声が闇に響いてとける。
眠たげな眼の奥のアンが好きな瞳の青は明かりをつけていない部屋の薄暗さで陰っていて、あの時よりも暗いブルーのそれが笑みの形に細くなった。
そこに殺気が感じられなかったから、少しだけ緊張を解いた。間合いだけは取りながら。

「何しに来たの」
アンが問う。宿舎とはいえここは海軍本部。敵地真っ只中だ。そんなところにどうやら単身で、一体何の用があるのかわかりかねた。
「お前を、拐いに」
この間誘ったろい、男は答える。たしかにそんなことを言われたような気がするが、冗談だと思っていたし、冗談だと思わせる軽口に聞こえていた。あの時の一言、たったそれだけのために彼はここまで来たというのか。

「…あたしを海賊にしたいの?」

「いや、目をつけた獲物を奪いに来ただけだ。…海賊だからねい、欲しいと思った物は奪い取るのが性分なんだよい」
だから来い、と澄ました顔で言う。

「…嫌だといったら?」

「お前に拒否権はないよい」

「誘拐?」
たかが軍の小娘ひとり攫ったところで何も困りはしないだろうに?
「別に政府や海軍から金を取りてェわけじゃねえ。お前が欲しくて奪いたいんだ」

「どういうこと…?」

「そいつは海の上で教えてやる」
マルコがニヤリと笑う。海賊の笑い方だと思った。その海賊が今狙っているのはあたし。こんな小娘に何の魅力があるというのだというのだろう。
窓に足を掛けた男に手を差し出される。

「来い、アン」

たった一言。とても連れさらう相手に言う言葉じゃない誘い文句。それと一緒にこちらへ向けられるのはあの青い眼差し。あれが欲しい。それが海賊としての、一番最初に欲した宝物だったのかもしれない。
兄弟の顔が浮かぶ。道を違えた弟と、遠い記憶のもう会えない少年のままの幼い顔。彼らに背中を押されるように。
迷わず、その手をつかんだ。
すぐに掴み返された右手を、ぐい、と強い力で引かれる。肩に掛かった重いマントがばさりと床に落ちたが、それを振り返ることはなかった。

その日から、アンは海賊になったのだ。この男の傍で。






end



20120704

海軍アンちゃんと、一目惚れマルコのお話。たまにはマルコの方からアクションを起こせばいい。つづかない。と思う。
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