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□ノンスウィートバットアンチビター5
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「どうって…」

アンが何かを言う前に、捲し立てるようにこちらの言葉をぶつけた。ずっと問い質したかった。限界だった。

「お前の誘いにまんまと乗っちまえば翌朝消えてる、そのあとは近づきもしねえ。ここんとこずっと、俺を避けてただろい」

「それは、」

「後悔してたんだろ、俺みてェなおっさんとやっちまって。…初めてだったんだろい。嫌になったんだったら、その場で言ってくれねえと俺だって解らねえよい」

自嘲の笑みが口端に浮かぶ。偉そうに大人ぶった態度でやってきて、結局一番言いたかったのは己の内の不安ばかりで、八つ当たりまでして。大人気なくぶちまけているのがらしくなくて格好もつかない。

「イヤじゃないよ!ただ…マルコこそ、あたしのこと…嫌いになったんじゃないのかなって思ったら…なんか近付けなかった…っ。
あたしずっとマルコのことしか見てないよ?そんで、マルコのことばっかり考えてるし…考えすぎて時々燃えちまいそうになるし!」

実際、海楼石が無ければ今も体から炎が上がっていたところなのだろう。
片手で顔を覆い、アンはおこりのような震えを堪えている。すでに手錠によって封じられているが、能力の暴走を抑えようとしているような様子だった。
手錠で繋がれたもう片方の手も持ち上がりついてきて、その両手に縋るようにうつむいたアンの表情を隠し、深い息を吐く。アンらしくない、その年頃の娘のするような仕草で、細い肩がさらにか弱く映った。
これがあの豪胆で鳴らした、この船の一隊長も任されているじゃじゃ馬娘なのだろうか。そう思えるほどのちっぽけさで、庇護欲を掻き立てられた。今すぐにその体を包んでしまいたくて堪らなくなる。

「あの時も…朝起きてマルコの顔見たら燃えそうになったから、慌てて外に出てったんだ。それ以来あんたを見るとすぐ火になりそうになる。船内で燃えるわけにもいかねえし!……あんたのこと考えると、飯も入んない」

だからこれ、今はちょうどいいなと手首の石に頬を寄せる。自嘲気味に笑う。そして続く言葉。

「あたし…やっぱりマルコと寝るんじゃなかったのかな」

必ず耳にするだろうと思っていたあの夜についての後悔を、ずっと心積もりしていたはずの意味とは違う理由でもって聞かされた。
アンの顔を覆う手がゆっくりはずされる。ベールを退かすように指先が滑っていった顔は僅かに上を向き、アンが俺を見上げる視線がアンを見下ろす俺のそれとぶつかった。
ひどく弱々しい、すがるようなそれだった。

「あん時から…もうずっと、前よりもっと、あたしん中マルコだらけだ。……こんなの…どうしよう、マルコ…?」

自分の気持ちを持て余したアンの、心細い声音でぽつりと名を呼ばれ、背筋にゾクリとした感覚が走った。こいつは…。
何だこの色気は。これがサッチの言っていたアレか。酒場でのあいつの言葉を思い出す。
それともここまでの色香は俺だけが感じているのか。俺が…こいつに惚れて、欲情してしまっているからなのか。

そうだ。俺はこいつに惚れているのだ。唐突に気が付いた。今までずっと、こいつのことばかり意識してしまうのも、何処にいても姿を探すのも、こいつの表情ひとつに心臓を握られたようになってしまうのも。
認めてしまえばすんなりと、その事実は俺の心にストンと落ちた。
ここ数日繰り返していたあの口癖の原因は、そんな感情を認めたくない自分の心の矛盾からだ。
薄々解りかけてはいた気持ちの正体は、この歳になるまで持つことのなかった今更なもので。
年をくってからだからこそそんなもの不安定さが恐ろしく、認めることに抵抗のあるそれを、プライドだとか葛藤とか、そんな面倒くさいもので隠して気付かないふりをしていた。
俺はとっくに…もしかしたら最初から、この娘に心を奪われていたのだろう。

「俺もだよい」

「…へ?」

俺の言葉にゆるゆると見開かれていく漆黒を見つめ返し、更に続けた。

「俺もずっと、お前の事しか考えてねェ。何処にいてもお前の事ばかり探して、見える所に居ねェと落ち着かねェんだよい」

「それって…マルコがあたしと一緒ってこと?」

…今さらそれを聞くのか。軽い脱力が襲う。ここまで言っても理解しない娘に「どうだろうねい?」多少の意地悪も込めてはっきりしない返事をした。

「…マルコはちゃんと言ってくれないの?」

「そういうお前はどうなんだよい」

「あたし?あたしは一番はじめに言ったよ?マルコのこと、好きって」

「…あァ!?」

ケロリと言い放つアンの言葉に驚いてしまった。あの時の曖昧なあれが!?こいつはあの時『好きみたい』としか言ってなかったか?
呆気に取られる俺に気付いているのかそうでないのか「だいたいさ、」アンは続ける。

「好きなヤツとじゃなきゃ、…あんなこと、出来るわけねえじゃん」

「…」

そう言って視線を外したアンの横顔は首すじまで赤くなっているのがランプの明かりでも分かった。
そういえば、この娘はつい先日まで男を知らない体だった。当たり前だが、ことに及ぶにはそれなりに必要なのだろう覚悟もあったはずだ。あの時のアンだって、気軽に誘ってきたように見えて相当の勇気が必要だったのだろう。
それに気付かずあっさりと据え膳を食ってしまった自分に、今更だが雄であることを呪うばかりだった。

本当に俺は、この娘に関しては自分のペースというものがつかめられないらしい。
その証拠に、今もこの娘の稚拙な誘惑とも取れる不器用な告白にまんまと乗ってしまい、またも食らいつこうとしているのだから。




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