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□ノンスウィートバットアンチビター4
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「先に行くよい」
共に店を出たサッチとは一足先に獣形の姿で船に戻る。急ぐ理由を己の立場のせいにしたいが、本当は何よりも駆け付けたい衝動からでほんの僅かな距離さえもどかしかった。
船首上空まで飛び、寄港中のモビーにしては人の多いデッキに出ていたフォッサとイゾウのそばに降り立てば、あまりにも早い到着に驚いた様子で迎えられる。
「悪いな、マルコ」
フォッサが急な呼び出しを詫びる。それに否、と首を振って返しイゾウを見れば、口端を片方だけ吊り上げ意味ありげにこちらを見ていた。こいつも食えない奴だ。
「随分早かったな。連れはどうしたよ」
「あいつは後から来るよい。…アンはどうしてる」
「自分の部屋だ。海賊狩りに狙われたらしいな。…手錠が外れねえからそのまんまの格好で居るぜ。そいつを見た隊員たちが頭に血が上っちまってな、ここに居ねェと相手さん殺っちまいに出ていきそうなんだよ」
成る程、まわりの男達をよく見れば船番の15、16番隊より甲板に多く居たのは非番なはずのアンの隊の奴らだった。
殺気立つ2番隊の隊員達は普段アンの親衛隊とも言われるくらいのアン派揃いで、しかも他隊よりも武闘派が多い。確かにこいつらを止めるには、隊長と言えど二人がかりでないと容易ではなさそうだった。
「イゾウ隊長ォ!行かせてくださいよー!!」
「そうっス!俺ら、相手のヤツをぶっ殺しに行かねえと気がすまねえ…!」
「だっから、そいつはもうアンがボコッてきたから無理だっつってんだろうが!」
そんなやり取りを背中で聞き、船内への扉をくぐり目的の部屋を目指す。
「アン、入るよい」
2番隊の隊長室前までたどり着きおざなりにノックをして、返答を待たず扉を開ける。
「…マルコ」
ランプの明かりの中、ベッドに横たわっていた体がむくりと上体を起こす。気怠げな動作とガチャリという重たい金属音に顔をしかめた。
「鍵は見付からねェのかよい」
「うん…どうもシメてボコッた時に無くしたみたい。暗がりで探せなくて、とりあえず戻ってきたんだけど」
こんな格好だしさ、と続けてアンが体勢をひねりランプの影になっていた正面を明かりに晒す。
その姿を見てみれば、羽織ったシャツは乱暴にはだけ、釦も幾つか失っている。それにあちこちが土に汚れていて、サッチやイゾウに聞いた状況のあとそのものの、いかにも乱暴された女の態だった。違うのはこの娘相手にそれは成されず、返り討ちどころか半死半生の目に合わされたというところだが。
それでも沸き上がる憤りの感情に目の前が赤くなった。
「明日になったら、錠前師のクルーが帰ってくるだろうから、」
「…お前ェ、何やってんだよい」
感情は声にそのまま表れた。言葉を遮って出た低く唸るような声音にアンの体がびく、と跳ねる。
「ご、めんなさい…」
小さな声に、竦んだアンの身動ぎを示す金属の音が重なる。アンの両手はベッドに腰掛けた膝の上に下ろされている。細い手首に不似合すぎるほど無骨で重たげな石の手錠。そこに短く千切れた鉄の鎖もぶら下がっている。確かにあのままでは乱れた着衣を着替えることも、汚れを落としにシャワーを浴びることも出来ないのだろう。
けれど乱暴されかけたという状況を今もそのまま残している様子は、時間が経った今も目にすれば不愉快なものでしかない。
「…」
アンの謝罪に返事せず、黙ったまま部屋の奥の洗面室へと続く扉へ向かう。隊長室に付いている二部屋ごと共同の簡易シャワー室兼洗面所だ。
そこでタオルを湯で濡らしアンの居室へ戻れば、心細い眼差しがこちらへ向けられる。
構わずタオルで顔を拭ってやる。驚いた様子だったが抵抗はされなかった。無言のまま手を動かす。重たい沈黙が部屋を埋める。腕を拭き取るために手を取れば、擦れた金属の音だけが時折不快に響く。
とにかく少しでも不快な痕跡を消したかった。アンの為にというより、自分の為にアンの汚れを取り去った。
「どうせ、風呂にも入れねえんだろい」
見えるところを可能な限り拭き取って漸く声を掛けてやれば、沈黙に詰まっていた息を吐き出すように、アンが口を開いた。
「…ありがと、マルコ」
自分でも分かってはいるのだ。こんな子どもじみた怒りのぶつけ方、これは八つ当たりだと。
アンばかりが悪かった状況ではないだろう。どの島でも海賊狩りは寄港する賞金首を狙って待ち構えているのだろうし、実際アンにだって隊長格の億単位の賞金が掛けられている。しかも能力者だ。海楼石の拘束具くらい用意してかかってくるだろう。
もちろんこいつだってこの船の一隊長だ。能力くらい封じられようが並の相手では太刀打ち出来ないくらいの力はある。
けれどこいつはまだ若い娘で、容姿だけなら充分にそこらの男を振り向かすような見た目の女だ。
そんな見てくれだからこそ海楼石ひとつで非力にうつり敵の油断を誘うことが出来たのだろうが、そんなものはたまたま運が良かっただけの話で、小娘ひとりが夜の街で姿を消していたかも知れないのだ。
「アン」
どうして若い娘が一人で夜の街を危機感もなくふらふら出歩いてるんだとか。
なんだってそんな状況のあと呑気にいやがるんだとか。
何故最近俺を避けるのかとか。
俺に抱かれてどんな気持ちでいるのかとか。
あの朝消えた理由を聞かせろとか。
お前は今俺をどう思っているんだとか。
心配と安堵と不安と疑問と…色々な感情が腹の奥で入り乱れ嵩を増し迫り上がり、とうとう言葉になって溢れた。
「お前は…一体俺をどうしたいんだよい…」
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