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□ノンスウィートバットアンチビター3
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「どうしたよお前。最近変だぜ」

悪友に掛けられた言葉に、やはり、と思った。最近の自分の不自然な様子には周りの連中も気付いていたらしい。それとも、気付いているのは人よりこういう気配に敏いこの男だけだろうか。

「いや…何でもねえよい」

「ふーん?」

更に数日後、ようやくたどり着き停泊した島で補給を済ませ、いっそあいつが目に入らぬ所ならばと逃げるように船を降り出てきた街の酒場。そこのカウンター席にサッチと並んでグラスを傾けている。
表情を消して気持ちを隠し何事も無い風を装う事は得意だったので、いつもの様にサッチの言葉をかわせば人の気持ちを察することの上手い男はそれ以上話を踏み込ませることはない。

「おかしいと言やァよ、アンのやつも最近様子が変わったよな」

「アンが…?」

出てきた名前に咄嗟に反応してしまった。わざわざ避けてきたあいつの話題に思わず眉を顰める。
船から離れてもなお着いてくるあいつの気配にうんざりしつつ、けれど関心は素直にそちらに向いてしまう。
サッチは苦笑交じりの顔でちびりとグラスを舐める。

「おお、…なんつうの?色気が出てきたっつうかさ。マルコ気付かんかった?」

「…いや」

短い返事を返す。そんなこと、本当に気が付いてはいなかったし、いつものこいつの冗談なのかとも思ったからだ。
サッチは続ける。

「ふっとした仕草ってやつがよ、女のそれになってきたっつーか?ありゃあ若いクルーの奴らとかたまんねえだろうな」

たたでさえいい体してんのにな!ガマン出来ねえ奴らとか返り討ちだしな!かっわいそー!
フヒヒ、と楽しげに話すリーゼントの下で目元の傷が歪に揺れていた。

「テメェの気のせいじゃねえのかよい」

「違うって!長年おネェちゃんを眺めまわ…観察してきた俺様をナメんな?」

自慢にもならない自慢に胸を張るフランスパン野郎の筋金入りの女好きに呆れた目を向けて、頭の中ではすでにここには居ない存在へ意識を向ける。

プルプルプル…

場の雰囲気を壊す、無粋というには少し間抜けた音にサッチの言葉も止まった。

「鳴ってるよい」

「んだよ…ったく、陸にいる時くらい羽を伸ばさせてくれっつうの。なぁ?」

文句を言いつつ懐の小電伝虫をそっと取り出しサッチが通話し始める。

「おーイゾウか。…マルコ?一緒だぜ。……はァっ!?……おう、…わかった」

突然張り上げた声にグラスを傾げかけた手が止まる。短い通話を終えたサッチの顔に視線を寄越し、無言で説明を求めた。

「噂をすればお嬢ちゃんだぜ。どっかのアホ共に海楼石付けられて、手籠めにされかかったんだってよ」

「…あァ!?」

聞かされた名前に大きく反応した。
勢いよく立ち上がったせいで腰かけていた椅子が倒れはしなかったものの、ガガ、と嫌な音を立てる。酔客で賑わった店内、雑音だらけの場とはいえそれはよく響いた。
店内の何人かがこちらを注目していて、ようやく自分が冷静さを失っていたことに気付かされる。…クソ。

「…っ。イゾウは何て?」

とんだ醜態だ。つい晒してしまった無様な姿に隣の男は少し目を細めただけで、今の様子を揶揄されなかったことが逆に居た堪れなかった。

「相手の男は瀕死。海楼石付けたってアンが強ェのは変わりねえからな。手加減無しな分ボッコボコだろうぜ。ただ、手錠の鍵が開けらんなくて船中大騒ぎだそうだ」

「うちの船倉のヤツか?」

「違うんじゃねえの?アレならオヤジの部屋の隣に置いてあるし、アンとこの2番隊って夕方から非番だろ。多分どっかのオニーサンだな。」

思わずため息が出る。
これから確認しなければ分からないが、うちのクルーにそんな馬鹿な事をしでかす奴が居なかった事への安堵の意味と、今から事態を把握しに戻らなければならない煩わしさ。多分今も開錠されていないだろうアンの縛めを解くための手配の面倒。
それからやっぱり陸に出てきてさえあの娘から逃れられないという状態に、アルコールのせいだけではない体の重さが全身にきたからだった。

「何なんだよい…」

近頃繰り返してばかりの言葉がとうとう口からもれた。




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