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□ノンスウィートバットアンチビター2
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目が覚めて最初に、隣にいるはずの姿を探す。

「アン…?」

昨夜眠りに落ちるその時には腕の中にいたはずの存在はすでにそこにはなく、一瞬昨夜のことは夢か何かだったのかという考えが頭を掠めもする。そんな馬鹿な。
だいたい昨日は酒なんか飲んじゃいねえし、前夜の記憶があやふやになる程ボケた頭はしてはいないつもりだ。

混乱してまともな考えも出来ない頭をかかえて起き上がり、寝床を整えることで脳内もそうなるようにと上掛けを捲れば、寝乱れたシーツにはやはりアンと共にいた名残があって、しかもベッドの中央に一点二点、褐色の残滓が残っているのに激しく動揺した。あいつ…!



もやもやした気持ちを抱え食堂にたどり着くとそこにはいつもの光景があった。
そこには重ねられた食後の皿のそばで、食べかけの朝食にフォークを持ったまま顔を突っ込み眠るアンの姿。
あまりにも普段と変わらない様子に呆気に取られ思わず入り口近くで立ち止まっていたら、後から入ってきたラクヨウにバシンと肩を叩かれた。

「いよぅマルコ!珍っずらしいなーお前が遅せェのって!」

「…たまにはねい」

なんとか平静を保った返答をし、他のクルーたちの挨拶に答えつつ席に着けば「…寝てた」ちょうどアンが目を覚まし顔を上げたところだった。
まわりの席の奴らに笑われながらタオルで顔を拭うアンもよく見る姿で、目が離せずにいたらばっちり目が合った。昨日の今日で、さてどんな反応をされるのかと構える俺は知らず緊張していたのかもしれない。

「あ、マルコおはよー!」

にこりと平素通りの笑顔でもって元気な、いつも通りの挨拶だった。なんの違和感も感じさせないそれは、逆にマルコの心を波立たせた。昨夜についてのどうとか、朝何も言わず先に部屋を出ていった事だとか、そういった気配はおくびにも出さずにまた朝食を再開していた。
もともと何もなかったかのように振る舞っているのか、全てを否定しているようにも見えるアンの様子に途惑うばかりだった。こいつの考えが分からない。やっぱりあれは夢だったのかという考えも戻ってくる。いや、昨夜の名残はたしかにあった。狐につままれたような気分だった。とにかくわけが分からない。

そんなだったから、俺はいつもより数の少ないアンの横の皿の山だとか、ラクヨウの「今日は珍しいことが続くなー」という能天気な声だとかに気付かずにいたらしい。
ともかくその日から俺の頭の中はあいつで占められ、それに惑う混乱の毎日が続くことになる。



◇  ◇  ◇



何なんだ。

ここ数日頭の中で繰り返す言葉はそればかりだった。
あの日以来アンは隊長として、クルーとしての用がない限り特別に話しかけもしてこない。プライベートな用事は一切無いとばかりに、たまにこちらに来ても仕事の話しかしてこない。
他の仲間もいれば一緒に軽口もたたく。宴の場ではサッチやハルタと共にほろ酔いでからんでも来る。
そのくせたまに目が合えばひどく嬉しそうな、特別な感情のこもった眼差しを向けて微笑まれ、それだけが今までと違う変化を見せていて、どうやら全く避けられているわけでもなく、とにかくわけが分からずにいる。

自分が警戒されているのか、嫌われているわけではないのか、あの夜言われた言葉通りでいるのか。アンの中での自分の位置が分からず混乱している。それがそのまま現実にまで影響して、自分の今立っている足元の感覚さえ不確かになってしまったかのようだった。

あんな小娘一人の反応になどいつまでも拘っておらず、若い娘によくあるほんの気まぐれだったのだと割り切って忘れてしまえばいい。そう思ってはいるくせに、気が付けば船上のどこにいてもアンの姿を探してしまう。
目の端にあの姿をとらえておくだけで安心し、目が合えばまたあの笑顔で微笑まれこちらの心臓は勝手に跳ねる。けれどそれが嫌なものだとも思えずにいて困っている。
自分の事のはずなのに、全くわけが分からないこの状況に。それからアンの態度に(…何なんだ)やはりこの言葉しか出てこない。

近頃の俺はアンに振り回されてばかりいる。




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