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□謝らない話
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 近づきすぎた距離からゆっくり離れて行けば、大きく見開いた目がそこにあった。いや、もともとでかい目をしてはいるのだが。そしてコイツはでかい目をしたまま動かない。
 ぱちくり、と音までしてきそうなこいつの眼差しに、はずみとはいえついやってしまった行動に後悔しか湧いてこなかった。

「悪りィ」

 合わせた目を逸らさず侘びの言葉を口にすれば、こいつは途端に険のある表情になった。

「…ゾロのあほ」

 触れたばかりの唇を尖らせて、ぽつりと一言。そのあとは視線もくれなくなった。珍しく怒っている。こいつが。
 まさかこんなに機嫌を損ねるとは思わなかった。けれどここまで腹を立てなくてもいいだろうと思ったら、何だかこちらもムカムカしてきたのだ。

「だから謝ってんだろ。いきなりやって悪かっ」

 それでもまあ、悪いのはこちらなのだろうからもう一度謝罪の言葉を口にすれば、またしても。

「なんであやまるんだよバカ!」

 皆まで言い終えぬうちにこう返ってきた。訳が分からない。

「…あぁ?」

 拗ねた顔で横を向くルフィに思わず唸ってしまえばきつい眼差しがぶつけられた。

「オレが怒ってんのはなあ、キスしてきたことを謝ってきたことだ…! ゾロのばか!」

 そう言ってぷいと横を向いてしまう。こいつの動作はいちいち音が聞こえてきそうだと思う。

「ハァ!?」
「謝ったら、さっきキスしたやつが悪いことみたいになっちまうだろ…! せっかく嬉しかったのにさあ、アレを悪いことにすんじゃねえよ」

 唇を尖らせながらぼそぼそと、それだけ言い終えて「ゾロのばーか」とまた繰り返す。横を向いたままの頬と耳が赤い。それを見たら腹の底から湧いてくる何かが気持ちを軽くした。

「…ははっ」

 潮風に緩くなびいている黒髪につい触れたくなって指を差し入れた。手のひらを地肌に添わせれば、こいつの形の良い頭がきれいに納まった。その動きに促されるようにまたルフィがこちらを向いた。こいつはいつもじっとしていない。けれどそれも嫌いじゃない。

「んだよゾロ」
「いや別に」

 不機嫌を表す表情だった顔はいくらか意味の違うそれに変わっていた。

「ゾロのばーか」
 
 何度目かの「ばか」を貰った。そういえば、こいつからよく言われるのに腹が立ったことはない


「もう一回してやるから顔寄越せ」

 くるくるとよく動くこいつが好きだ。けれど時々、その動きを止めるために口をふさいでやるのも悪くないと思う。

「今度は謝らねェから」

 そう言うとこいつはようやく大人しくなって、でかい目を閉じた。
 あの真っ黒なきらめきが間近で見られないのを少し残念に思ったが、顔を離せばすぐに開かれるのだろうから、今だけは我慢してやることにした。

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