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□こまどりとまれ
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「…私、貴方に惹かれてるみたいだわ」

沈黙のあと、ぽつりと言われた言葉は少し震えていた。
長い放浪の果てにようやく宿り木を見つけた女は、今もまたそこに居場所がないような顔をして頼り無げに佇んでいた。


【こまどりとまれ】



常日頃から口数が多い方ではないこの女はなかなかに曲者で、何か行動を起こす時の大体が何を考えているのかを掴ませないことが多い。
ミステリアスと言ってしまえば魅力のひとつになるのかも知れないが、そんなこいつのことを俺はどこかで苦手としていたかもしれないし、または非常に気になる存在として意識してもいたらしい。

今も普段足を踏み入れることのない俺の自室まで気配を消して(わざとではないのかもしれないが)やってきて、珍しく雑談を持ちかけてきた。他愛ない世間話だった。この間寄った島がどうとか、そんな。
俺は多少の緊張を持ちつつも、作業の手を止めずにああ、とかうんとか相槌を打って聞いていたのだが、僅かに会話の途切れた沈黙のあとにこいつの口から出てきた話の切り口は、俺にしちゃあとんでもないものだった。

思わず振り返る。言葉の意外性からでなく、彼女の声は先程までよりも低くかすかに震えていて、一体どんな顔でいるのかと思ったのだ。

「俺の変態に引いてんのじゃァなくってか」

軽口を返すとロビンは少し笑った表情になり緊張の気配を薄くしながら、「いいえ、違うわ」そう言ってやっぱり特別な感情を示す。
一体、どうしたっていうのだ。

「…俺に惚れてんのか」

直接すぎる聞き方で確認すると彼女は、ロビンは曖昧な顔をして「わからないの」そう答える。
わからないとは?こちらこそ意味が解らない。俺は片眉を上げて続く言葉をじっと待つ。

「ただ…気がつくと、私の中が貴方のことばかりだわ」

息を呑んだ。
いつもの涼やかな声音でもって、そんなことを面と向かってはっきり言われるのは、好きだ惚れてるなどと言われるよりよっぽど深い告白をしているようなものだとこの女は気付いてはいないのか。
ましてやこの女が自分に対しその様な種類の感情を持っていた事実に、ただ驚くばかりだった。

「こういうのって何て言うのかしらね。自分の感情の名前も分からないの」

おかしいでしょう?そう続け、こてんと首を傾げて困ったように笑う。その表情は迷子になったかのようだ。
頭のいい女だ、本当はとっくに答えがでているくせにこんな曖昧に濁すのは、そうと言い切る自信も勇気も無いからだろうか。らしくない様子に庇護欲を掻き立てられた。

「おかしくなんかねえよ」

衝動のままに掴んだ手を引き寄せた。「フランキー?」突然のアクションに目を瞠る表情さえもっと見ていたいと思った。然したる抵抗もなく倒れる体はたおやかに、頼りなく俺の胸に沈む。
細い体は強く抱き締めれば壊れてしまいそうなくらい華奢なつくりで、力を加減する。
ふわり、腕の中から花のようなにおいが立ちのぼった。ひと嗅ぎすればそれに酔わされたかのようにくらり、目眩がした。
どうしたっていうんだ、俺は。

「…仕方ねえから、俺様がその気持ちが何てェのかを、直々に教えてやるよ」

動揺を知られたくなくて大仰に言い放つ。ニヤリと片頬を上げれば、こいつはふふっと笑う。花のようだ。らしくない例えだと思う。けれどそうとしかこいつには浮かばないのだ。

「ええ、ぜひお願いするわ」

見上げる眼差しはやわらかく細められこちらをとらえた。
鼓動が跳ね上がる。
機械仕掛けにはなっていないはずの俺の心臓が軋んだ気がした。



end.

20121110

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