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□Another
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「クソッ!!」


アンは苛立たしい気持ちを隠さず叩き付けるようにドアを閉めて自室のベッドに飛び込んだ。
また「G-5」への異動願いを蹴られた。腹が立つ!

結局上層部は、アンを放しはしないのだ。人をいいだけ昇進させておいて、いざこちらが希望を出せば却下される。
今いるポストの割りにはさして重要な任務に当たっているわけではないくせに、こうまで本部に引き留めたがるのは、全てはアンを目の届くところに置いておくためだと、アンは思っている。


(サボ。ルフィ。)

アンは目を閉じて幼い頃のままの記憶の少年と、弟を思い浮かべる。

(あたしはちっとも自由に生きられてない…)

昔誓った約束を思い出すと苦い気持ちになる。
きっと自分は一生この気持ちを抱えて生きていく。




ポートガス・D・アンは本部所属の海兵だ。

常人とはかけ離れた力に加え稀少で強力な悪魔の実の能力。若いアンの実力は桁外れで、入隊してすぐに今の位まで登り詰めた。
英雄ガープの秘蔵ッ子であることは組織内では有名な話だし、伴う実力や功績も周知だった。

若くして異例の大出世と言われてはいるが、今以上の位に就くことはないだろうな、と感じている。アンの出自が海軍に身を置くには不適合過ぎるから。

アンの父親は海賊で、その名は世間に広く知られた男だった。世紀の大犯罪者と呼ばれるほどの。しかも彼女が生まれる前に海軍に処刑されている。
もちろんアンはそんな父親を嫌っていたし、その血を引く自分のことを嫌悪もしている。

育ての親であるガープの強い強い勧めもあって海兵を選んだが、実際は父親の敵とも言えるこの組織で、飼われるように居場所をあてがわれている。
ガープとしてはかわいい孫に自分と同じ道を歩ませることで、その上にある幸せを見付けていって欲しいという身内としての願いがあるのかもしれないが、なんせここはアンにとって敵地の様な場所であるので。

実際のあちらさんは適当な位を与えアンにいい顔をして、結局世の中の危険因子をすぐそばで監視しているだけなのだろう。確かに野放しにしておくには少々危険過ぎる力もある。
それにしたって、気分が悪い。だから海軍や政府も好きになれる筈がない。

それにしても、腹が立つのは異動の件だ。

(やっぱりあの件がまずかったのかな…)

アンは先日会った海賊団を思い出す。
世界一の名を掲げる四皇の一人、エドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団。

たまたま航路が重なり交える事となったが、何の備えもなしに打ち落とせる敵ではないことはアンも分かっている。
小将とはいえまだ年若く経験の浅いアンは、話しに聞く大海賊団の伝説とも言える戦力たちに興味を持ったのだ。
ほんの小手調べをしてみたかっただけだから、止める部下を宥めつつ一人でストライカーで飛び出し、正々堂々とその通りに伝えそこの一隊長と拳を交えたのだった。

『俺が相手してやるよい』

能力者には能力者をと、苦笑いで出てきた男は手配書で見たことのある高額賞金首だった。
一番隊隊長と名乗る実質ナンバー2だろう男とアンとの闘いを、白ひげと呼ばれる船長をはじめ、白鯨を模した船のクルーたちは楽しそうに、宴まで始めながら船縁から眺めていた。
時折ぶつかる赤と青の炎に歓声や雄叫びをあげ、祭りか何かの見物のように。

彼らは本当に楽しそうだった。
実際余興のようなものだったのかもしれない。
アンに殺意は無かったし、アンの火炎を纏った拳や焔の塊をすいすいかわす半獣形に身を変えた男は明らかにアンより強く、派手に青い炎を散らすくせにアンには怪我ひとつさせていないのが余裕げで、癪ではあったが腹は立たなかった。

ぶつかり合う炎と覇気。存分に力を奮え、解放でき、アンも楽しかったから。
彼女の求める自由は、時々この組織の定めるところの枠を飛び出してしまうのだ。

(めちゃくちゃ怒られたもんな…)

気分よく自船に戻った時の真っ青になりすぎてぶっ倒れそうな部下たちの顔や、なりやまぬ電々虫の鳴き声、本部に帰港してからの上司の説教、ガープの拳骨、数日間の謹慎処分と、そりゃあもうアンの嫌いなものをフルコースで味わったものだ。

けれどそれらを差し引いても、幸せな時間だった。
あの船の男たちは、皆船長を父と慕い彼を誇りに海に生きているのだという。
アンはあの時、彼らが羨ましくなった。

海軍のモットーでもある『正義』を掲げながら、アンは背中のこの文字に嫌悪している。ここの連中は皆誇らしげに掲げているそれに、アンは吐き気すら覚える。
自分の心には相容れることのない正義の名を背負わされながら、一生をこの組織に捧げる。それはアンが生まれる前から負っている罪の償いだったから、投げ出すことは出来なかった。

けれど軍艦を駆り海に出て敵を前に自分の力を存分に奮える戦いの時だけは、アンはほんの少しだけの間でも自由を感じられるから、偽りの正義でも何でも掲げていられる。
だから強い海賊には存分に力を出せる、そのことも気に入っていた。
自身の能力である炎に身を包まれると、このまま燃え尽きて消えてもいいと思えてしまう。
海賊に恨みはない。ただアンが海軍として生きていく上で敵になっただけ。

あの男の青い瞳を思い出す。アンの好きな海の色のようなそれ。
(綺麗だったなあ)
宝石にはとんと興味のないアンが初めて美しいと思えたサファイアブルーは、戦った男の鋭い眼差しにあった。

先日のあれはお試しのようだったけれど、いつか本当に戦うことになればさぞかし気持ち良いのだろうな、と思う。
そんな日が早く来ればいいなという気持ちと、それがずっと先なら良いのにという気持ちの両方がアンの中にあって、その矛盾もおかしくないくらいアンには自然で確かなものだった。
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