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□学校に行こう!
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「あの、バッカ野郎ッ…!」


約束より少し早い時間、マルコが勝手知ったるそのアパートの鍵の掛かっていないドアを開けると、そこには弁当箱らしき包みを前にした恋人の低く唸るような一言だった。

「どしたよい、アン」
「あ、マルコおはよう。…ルフィがまた弁当忘れて行きやがった…!」

まるでマルコにメンチを切るかのような、恐ろしい表情をしたアンの今日の出で立ちは普段とは違う大変女子らしい格好で。

怒りの矛先は今ここに居ない彼女の弟とは言え、ニットのワンピースから伸びた綺麗な脚ががに股になっているのが残念過ぎて、マルコはこっそり嘆息した。

弟のルフィはごくたまに、弁当を忘れて学校に行く。今までに2回、これで3度目だ。
大体『三度の飯より飯が好き!』なルフィが昼飯を忘れること事態が珍しいくらい稀なのだが、これまではアンが会社に行くついでに通勤路にあるルフィの高校に寄って拳骨一発と共に送り届けて行ったのだが、今日のアンは会社を休んでいるわけで。
…よりによってこんな日に!高3にもなってあのアホ弟!!いっぺんしばく!!どつきたおす!!!

「…ついでに寄ってくかい」
怒りまくるアンの言葉と様子に皆まで理解したマルコは、そう言って車の鍵を示した。
「ルフィの学校に…いいの?ゴメン!」
「少しばかりの回り道くらい、ドライブになるだろい」
今日は恋人として最後のデートになるのだし。

「ありがとマルコ!」
ようやくアンはにっこりと、今日の格好に合った表情を取り戻す。
それくらい、お安いご用だ。


◇ ◇ ◇



マルコもついてくる?

そんな気軽な誘いに乗ってみたのは、すっかり縁遠くなって久しい高等学校というものに何となく興味を持ったからというのと、もうひとつ。
ここはアンの母校でもあるというから。
恋人がどんなところで高校生活を送ってきたのか、興味を持ってしまったからだった。ところが…。


「あー!アン先輩だ!!」
校門まで聞こえた誰かのでかい声は、学校中にも伝わったらしい。
授業中だというのにこちら側の窓という窓から一斉に生徒たちが身を乗りだし、それを止める教師の怒声や女子の歓声、男子の雄叫びが上がり学校が騒然となった。何なんだ。

当のアンの方はと言うと、そんな騒ぎも気にせず校舎に向かってひらひらと手を振っている。

「せんぱーいっ!久しぶりー!!」
「おーう!」

「またルフィくんのお届けものー?」
「そうだよー!」

「また部活寄って下さいよー!!」
「おぉ、そのうちなー?」

あちこちの窓から掛けられる声にそれぞれ暢気に返事をしているアンは、そんな異常な様子にも明らかに慣れた様子だった。

「お前、弟の入学と入れ違いで卒業したんだろい」
知り合いが多すぎないか?卒業して3年は経つだろうに、なんだこの有名人っぷりは。

「ああ、あたし卒業後も部活に顔だしてたからさ。知ってる奴多いんだ」
マルコの疑問に気付き、そう答える(知り合いが多いくらいでここまでにはならないだろう…)アンの頭上からはまだまだたくさんの声が降ってくるのだが、アンは構わず校舎の横、来客用の玄関へとまわった。




「はい、マルコも」
慣れた様子で客用スリッパを二人分、ポンポンと出すアンに、
「いや、俺はここで…」
待ってるよい、と言う声は、そこに重なった男の声で消された。

「ポートガス!」
アンを挟んだ向かい側、玄関の一段高いそこに立っているのは、グレーの髪をオールバックにした目付きの悪いジャージ姿の男。

「あ、ケムリン。久しぶり!」
「授業中に来るんじゃねェって何度言ったら…」
「ごめんって!しょーがないじゃん、あたし今からデートだしさー。文句はルフィに言ってくれよ」
「あァ!?」
「だから、デート。この人と」

そう言ってアンが隣にいたマルコの腕に手を絡めて示す。

「マルコ、これ元担任で元顧問」
マルコが軽く会釈すると、ケムリンと呼ばれる教師も頭を下げた。どうも、元担任のスモーカーと申します。元生徒がお世話になってます…じゃなくて!

「…火拳のアンが、男とデートだとォ!?」
「わっ、バカ!!」
教師ケムリンの叫びに、アンが毛を逆立てた猫のように飛び上がる。

「な、なんでもないよマルコ!ひ、火拳とか!?」
…アンは嘘をつくのが下手すぎる。何でもないのがバレバレな様子まるだしだ。

「…知らねえってことは、そいつはお前と戦って勝ったわけじゃあねえのか」
そんなアンの様子にニヤリと方頬を吊り上げた教師が、追い討ちをかける。

「戦って…勝つ?」
「ぎゃわー!アホ!ケムリンもうしゃべんな!!マルコはそんなんじゃねえし!」

「…アン、」
何かを隠している不審極まりない様子にマルコが口を開きかけた時、授業を終えるチャイムが鳴った。と、同時に複数の足音がバタバタとこちらに向かってきた。
そこには何人かの制服たち。アンはその顔ぶれを見てホッと息を吐く。助かった!

「先輩!」
「ナミ!ルフィは?」
その中のひとり、オレンジの髪の女生徒に声掛ける。
ナミはルフィの友人のひとり(彼女ではないらしい)で、時々うちにも遊びに来るので顔見知りだ。

「逃げちゃったわ。で、あたしが代わりに来たの」
「ああ…ありがと」
アンは脱力する。くっそ、殴り損ねた。あいつめ…。帰ったらコロス。アンはこっそり今夜の予定を決めた。

「で、先輩。…そのひともしかして彼氏!?」
ナミと呼ばれたオレンジ色の髪の女生徒は、その場に来て一番に聞きたかった事を口にした。
このためにわざわざルフィの使いになってやったのだ。

「あ、うん!…ん?えぇと、うん…彼氏、でいいのかな?」ね、マルコ?
アンの答えは何故か後半はそばに立つ男を見上げながら、疑問形になっていて曖昧だった。
「今のところはねい」
「―だってさ。彼氏だよ!」

こちらに向き直ったアンは、男の答えを得てあらためてキラッキラの笑顔と共に自信満々に言い切るが、2人以外の皆はそのやり取りに違和感を感じた。
何?今の確認。

「今のところ…って何?今まで違ってたの?暫定彼氏?」
皆を代表するかのように、ナミが疑問を口にすればアンは、そうじゃなくて、と返す。そして続く言葉にナミも他の皆も驚かされた。

「だってこれから入籍しにいくからさぁ、今の呼び方曖昧になっちゃうじゃん?」
ややこしいよねえ!


「……は、」

はああぁあああ!?

入籍って!?

つまりアレ!?結婚する人がする書類の手続きとかのアイツですかぁああ!?
その場が騒然とした。

「…入籍?」
「うん、そう」
あっけらかんと返事を寄越すアンの頬はピンク色で。よく見りゃあ左手の薬指には彼女らしからぬ輝きが付いていて、どうやら聞き間違いじゃあなさそうだ。

「アン先輩、結婚すんのかよー!?」その人と!?
ナミのとなりの長っ鼻が丸い目を更に丸くして仰天している。

「うん!これから市役所行って手続きしてくるんだ」
幸せいっぱいです!と、結婚会見の芸能人もかくやな空気をまとって頬染めて笑うアンの表情は、色恋とは無縁すぎる今までのアンを知っているものからすれば天変地異が起こったかのようなインパクトを持っていた。
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