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□浴室にて2人
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ガチャ、バタン。

「おかえりー!」

玄関の方からいつものマルコの帰ってきた音が聞こえてきて、あたしはその場からいつもより大きめに声掛ける。おきまりの挨拶は今いる空間にブワンと広がり、湯気の充満した中に響いた。聞こえたかな。

暫くすると浴室の扉が開き、帰宅したばかりの『ダンナさま』の顔が覗く。

「ここにいたのか。今帰ったよい」

「うん、おかえり、お先に入ってるよ。…マルコも入る?」なんちゃって。

ほんの冗談のつもりだった。
マルコの照れた顔が見れたらおもしろいなあ、くらいの。
ニヤッと笑って見上げれば、ドアの隙間から顔を出したマルコの表情は不快そうに顰められていて、眉間にシワをよせたままドアの向こうに引っ込み、バタンと閉められてしまった。

やばい、怒ったのかな。
お風呂から上がったら謝ろう。ご飯の支度もしなくっちゃな、早く上がらないと。
そう思って湯槽から立ち上がろうと浴槽の縁に手をかけると、またガチャリとドアが、今度は大きく開いた。んん?

「邪魔するよい」

そこには裸のマルコが。

「え、うそ、ホントに入ってくんの?」

「お前が入るかって言ったんだろい」

するりと返し、洗い場の椅子に腰掛ける。
マルコがシャワーのコックを捻ると、熱いお湯が浴室の空気を更にムッと湿気させた。

言ったけど…言ったけど!
本当に入ってくるとは思わないじゃんか!
予想外の展開に驚きすぎた体はガチーンと固まってしまい動けない。いや、驚きというか、恥ずかしさ? …両方か?

「そ、そうだけど」

ごにょごにょ言って目を伏せた。
ここは浴室だから当たり前なんだけれど、明るい照明の中見るマルコの裸は何とも直視できなくて困った。マルコの体…見たことないわけじゃないのに。
自分の体を見られるより緊張する、かも。
こういう場所で見るのって、なんか、すごく…ううう。
マルコは明るい中全身裸で、あたしの前で足の間のアレ、ブラブラさせてても平気だってのかちくしょう。おっさんめ。

髪を洗うマルコがシャワーの湯の下に俯くと、ようやくそっちを見ることができた。
泡の混じったシャワーの湯が、締まった背筋の上を流れ落ちていく。がっちり鍛えられた腕が動くたびに背中と肩と腕のいろんな筋肉がなめらかに動いてて、その様子に目が離せなくなった。

ううう、かっこいいなあ。
胸板とかも厚いもんな。あの体にぎゅうっと抱きつぶされるともう、いつも頭の中がぼうっとしちゃうんだ。

…って、ギャー! 何を考えてるんだあたし!
風呂場で! 帰ってきたばっかのおっさん相手に!!
頭を左右にぶんぶん振れば、濡れた髪からしずくが頬や肩に飛んだ。

「何やってんだい」

フッと、微笑いまじりの低い声にビクッと肩が跳ねた。
見上げればマルコがずぶ濡れでシャワーの湯を止めながらこちらを眺めている。

「そんなに警戒しなくても、ここじゃ襲わねぇよい」

顔の水滴を手でぬぐいとったあとには、性格の悪そうなニヤニヤが残っている。

「………」

ばれてますか。お見通しですか。くっそ!
それでもまだ目の前の意地悪な顔をした男の首筋を伝い流れる滴から目がなかなか離れなくて困る。
あたしもエロだったんだなあ。
いや、マルコのエロがうつったのかな。エロってうつるもんなんだなあ。
しみじみ考えてしまった。
だけどきっと、エロはマルコにだけだ。
これは間違いないな。

「ところでアン、今日の飯は何だよい?」

ガショガショガショ。
体を洗う用のタオル(ゴワゴワしてて、あたしには痛い。マルコ専用だ)に石鹸を擦り付けながら聞いてくる。
石鹸のふんわりした匂いが広がった。

「へっ? あ、ああ、えーと…ナスのわさび漬けとねぇ、鯵の南蛮漬けとー、豚キムチ炒め!」

いきなり変わった話題に戸惑いつつ本日の献立を並べる。
商店街の魚屋、ナミュールのオススメの小鯵と、こないだサッチに教えてもらったわさび漬け。
肉と魚、メインが二つあるのは、肉が食べたいあたし仕様だ。
前の二つはもう出来上がってるから、あとは風呂から上がって炒めちゃうだけ。

「南蛮漬けと…わさび漬け…」

ぐわっし!!
マルコの呟きに顔を見ると、妙な音が聞こえた、ような?
変な表現だが、耳で聞いたんじゃなくて、マルコの表情からそんな音がした…気がする。

「…クソ」

寄せられた眉間のシワと、唸るような低い声。
もしかして…掴んじゃった感じの音ですか今のは? マルコさんのストマックを?

「アン」

「は、はい」

「のぼせるだろい、さっさと上がれよい」

きっぱりはっきり言われた。その言葉の裏の意味はよくわかった。すぐ分かった。つまり…

『早く上がって夕メシの支度をしてくれ』

「…ブハッ! 了解!」

最近分かってきた。
マルコは嬉しい時、眉間にシワが寄ってちょっと怖い顔になる。嬉しくて照れてるのを隠すためだ。
おっさんのしかめ面なんて可愛げも何もあるはずないのに、あたしにはすごく可愛く見えてしまうからたまらない。
ああもう、ほんと大好きだ!
一度吹き出したらニヤニヤが止まらなくなってしまった。

あたしはマルコからエロをうつされたのかもだけど、マルコはきっと、あたしから食い気をうつされたんだなあ、と思った。
こういうのも“分け合ってる”っていうのかな。
夫婦ってやつになったからかな。一緒にいるのっておもしろいな。

あたしは急いで風呂から上がることにした。





end!



20120616

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