■text-p

□ゴーステディゴー。
1ページ/3ページ

酔った勢いで女と寝た。

よくあることだった。

朝目が覚めて隣を見れば、よく知らない女。
ひどいときは名前も、どこで拾ってきたのかもわからないこともあるが、皆後腐れがなく別れられる、その場かぎりの付き合いで済ませられるような相手ばかり選んでくる程には酒に飲まれていないらしかった。
シラフに戻った時の気まずい雰囲気は、一夜の快楽の代償と思えば仕方ないと思っている。

ただ、その日はいつもと違っていた。
その女が少し知っている女だったというところが。

そっと上身を起こしてその場に座ったまま隣を見下ろせば、シーツから覗いた細い白い肩が微かに上下している。
枕に顔を埋めてすうすうと静かに寝息を立てるその表情は、頬に散った雀斑のせいかまだあどけなさが残る少女のそれで。
それもその筈、以前本人から聞いた年齢を思い出す。…まだ18とか言ってなかったか。…半分以下か。脳裏に『犯罪』という言葉がちらついて気が遠くなりかけた。

最終確認のつもりでベッドの周りを見渡せば、足元のフローリングに二人分の着衣がぱらぱらと散らばっていた…ちゃんと下着まで。
決定的なダメ押しだ。
己の失態ともいえる有様に、俺は顔を顰めた。





アンは、親友がやっている馴染みの居酒屋のバイトだった。
最初はホールを元気に駆け回る姿を好ましく思い、ついつい奴の店に通う足も増えた。

『かーわいいだろ?』

からかう様な親友の声の、やに下がった顔が浮かぶ。

『あれで苦労人なんだぜ?両親がいなくてよ。金がいるっつってんで昼の仕事の後にうちに入ってんだってさ』健気だよなー。

両手いっぱいのジョッキを運ぶ背中を見ながら話すリーゼントはご機嫌だ。
何でも、あのバイトが入ってから客足が増えるばかりだという。
だろうな、とその姿に目をやり納得する。とにかく愛想がいい。はきはきした喋りや元気な笑顔、席数の少なくないホール中をくるくる動いて、気配りも行き届いてる。
酔客の軽口にも嫌がらず笑顔でいなしているし、額に浮かぶ汗まで健気で好ましい。

加えてあの容姿。
女にしては高めの身長に、稀に見るバランスの良い完璧なスタイル。街で会えばモデルかと間違えるほどの。
表情のよく変わる印象的な目元は美しく、頬に浮くそばかすでさえ愛嬌を落とし、大人びた容姿とのギャップが魅力になっている。
客の何人かの視線はテーブルの合間を行き来するバイト娘の後姿に釘付けで、溜息をついてる奴までいる。

『すっかり看板娘になっちまってよう!』

さも困ってます、という口振りで眉を下げるサッチは、口元はニヤニヤしっぱなしでどう見ても困っていない。
店長まで骨抜きか。

『アン、こいつが俺のダチ。マルコってんだ』

そんな骨抜きリーゼントにアンを紹介されたのはそのすぐ後。客足が少し引いた時で、俺のそばに立ったアンはとびきりの笑顔だった。

『あんたがマルコ?サッチから話きいてるよ!やっぱり強そうだなー!』

…強そう?
ずいぶん変わった第一印象に首を傾げたものの、確かにサッチの言う通り好感が持てる娘で、今までより多い頻度で奴の店に顔を出すくらいには気に入ってしまった。


そして、昨夜は。

珍しく早仕舞いしたサッチの店であいつと俺とアンの3人で少し飲み、日が変わる時間に一人で帰れるという無茶を言うアンを小娘ひとり放り出せる筈もなく、送っていくことになった道中。サッチと別れてからずっと黙ったままだったアンに打ち明けられたのだ。

『…あ、あのねマルコ、』

マルコんち…いっちゃダメかな。
俺のシャツの裾を少し掴み、俯きがちに視線をそらした顔は酒のせいでなく真っ赤だった。
いつも屈託なく笑い健康的にくるくると表情を変えるアンの、それまで見たことのない女の表情。
シャツに絡む頼りない指先。弱々しい、か細い声。
アンとは数ヶ月の付き合いになっていたが、ふいに見せた新しい表情。それを見て俺は送り狼になってしまった。

その後の記憶は酔いのせいか朧気で、ただ腕の中で俺の名前を呼び続ける声とすがる細い腕、それと快楽…そんなものが微かに残っているのみだった。


「んん…」

小さな声に気が付き隣を見れば、アンが目を覚ますところだった。
ぼんやりとした眼差しが、ゆっくりと周りを眺め、こちらを捉える。

「…まるこ」

「おはよう」

目が合えば少し気まずくて、視線を隠すように癖のある黒髪をくしゃりとかき混ぜれば、アンはくすぐったそうに首をすくめる。

「おはよ、マルコ」

ぼさぼさの髪のままふんわりと微笑う。
やわらかな表情と無防備な仕草に、ドキリと心臓が跳ねた。
そうだ。昨夜の俺はこいつの誘いに乗っただけじゃない。こちらにも恋愛の感情は確かにあった。
それをアンの誘いに乗じて俺も自分の気持ちに従い、隠す事を止めただけなのだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ