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□merry me!
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「結婚するか」

突然言われたセリフに思考が停止した。

「へ?」

びっくりして畳んだばかりの男物のパンツを、畳み終えた洗濯物を積んだ山の上に置いたつもりが、ぶつかって山が崩れてしまった。ああ〜…。
崩れた洗濯物に気を取られて、マルコへの反応が保留になってしまっていた。たった今すごい事を言われたばかりだというのに。

「嫌かい?」

「え? いや、とか、そういうのじゃなくて…あたしと?」

大事なところは確認しとかないと、そういう意味で聞き返したら、

「他に誰がいるんだい」

溜め息と共に返された。そうですよね…。

「だ、だって、あたし、ほら、ご飯とかも地味なのしか作れないし?」

おからとか、ひじきとか、肉じゃがとか。カタカナのメニューって出さないな。あ、ポテトサラダはカタカナだ。ともかく作れるレパートリーがいつもいつも地味すぎて申し訳なく思っていたのでつい口に出てしまった。

「飯に文句言ったことねえだろうよい。何で俺好みのもん知ってるのかっつうくらい、がっつり俺の胃袋掴みやがって」

「え、そ、そうなの!?」

知らなかった!たたんだ洗濯物に囲まれてびっくりしているアンは気付いていない。
今時ああいう食事を作ってくれる女がどれほど貴重かと言うことを。

人並み以上に飯を食うアンが、姉弟の膨大な食費を抑えるために覚えたメニューなのだと後で知ったが、最初は狙ってやってるのかと思った程だ。

「ていうか、なんで今?」

「弟が家を出るんだろ?」

「あぁ、」

ようやく今こんな話が出てきた理由が分かってきて、納得のできた気持ちの中に何故かそんなことか、と何だか残念に思っている部分があって、あれ?とアンは心の中で首をかしげた。

弟のルフィはこの春高校を卒業して県外の大学に進学することが決まった。しかも腐れ縁なのか他の意図があってか同じ大学に進むことになった幼馴染と一緒に暮らすことになり、あたしはルフィが引っ越す3月の末から一人暮らしになることが決まったのだ。
子供の時からずっと一緒にいた弟と別れて暮らす、しかも今度は一人で。本当はかなりかなり寂しくて不安だった。
けれどルフィだって夢を叶えるために進路を決め、アンだってそれを応援しているのだ。
こればっかりは仕方のないことだし、今はマルコという恋人もいるんだし。
そう思って奮い立って、何とか笑顔で弟を送ることが出来そうなのだ。

出会って2年、付き合って1年と8か月。
生まれて初めて人からされたプロポーズというやつは、こういったタイミングでされるものなのかと、どこか他所事のように受け止めている自分がいた。…いや、嬉しいんだけどさ。
ついつい思考に陥ってしまっていると、ずい、と目の前に小さな包みが出された。

小さなプレゼントの包みのリボンの部分をぶら下げて持つのは、いつの間にか苦い顔をして斜めに咥えたタバコから紫煙を燻らせて目の前にしゃがみこんでいたマルコで。

「ん」

つい条件反射で受け取ってしまった。

「…なに、これ」

「給料3か月ぶんってやつだよい」

……えぇ!?

「ずっと機会を待ってた。嫌だって返事は受け付けねえぞ」

よく聞くキーワードにアクセサリーに縁のないあたしにも箱の中身が何かすぐ分かった。
指輪。マルコが指輪。あたしに指輪。プロポーズに指輪!!
カカカーッと、体中の血が頬に向かってきたかと思うくらい一気に顔が熱くなった。
げんきんな話、さっきの僅かながっかり感は吹っ飛んだ。

「まままマルコ、」

「早く開けてみろい」

興奮なのか緊張のせいか、ぶるぶる震える手のひらの上の箱から目が離せないあたしに、クッと微笑う気配がした。

そおっと、バカ丁寧にリボンをほどき包装紙をひらけば、出てきたのはシルバーの英字が箔押しされた黒い紙箱。
書かれている英字は、あたしでも聞いたことのあるブランド名のロゴで、あたしでさえ行ったことのないそのお店とマルコとの組み合わせに思考が飛ばしていたら、すい、と箱を取り上げられた。
いつの間にか煙草を吸い終えていたマルコが器用にするすると紙箱を横から開封し、中身を取り出す。
出てきた薄いグレーのビロードの箱をパクンと開けてきれいな輝きを放つそれを長くてごつい指先で摘み出し、あたしの左手を取った。
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