■text
□a dad waiting for
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「こちらは大丈夫ですから、マルコ隊長はアン隊長についててあげて下さい」
ナースに言われて、落ち着かないままアンが休むベッドの隣、簡素なスツールにマルコは腰掛けた。
今日のマルコにはすることが無さすぎた。
アンが心配で、いつもの書類仕事は全く手につかず、潮風にでも当たろうと甲板に出れば他の隊長やクルー共から「少しでも傍にいてやれ」と追い立てられる。…オヤジの「さっさと行け、アホンダラァ」の説教付きで。
さっきまでずっと、この部屋の扉の前に居るしかなかった。
できることといったらアンを心配することと、ようやっと事を終えた彼女を労うことだけなのだった。
ぎしり。着席の際の軋む音にぱちりと目を開いたアンの視線が、ゆっくりとこちらをとらえた。
「マルコ」
「お疲れさん。体、えらくねえか?」
「へへ、さすがにね」
力なく笑う、その顔は確かに疲労の陰が浮かんでいて、当然と言えば当然な状態なのだが、こういう時に肯定の言葉を返すアンというのは初めてだったので、マルコもつい動揺してしまう。
「…つらかったろい」
汗で湿る黒髪にそっと触れ撫で付けてやると、気持ち良さそうに目を細め、物騒な言葉を吐いた。
「海楼石付けて、軍艦三隻沈めるくらいかな」
「何だいそりゃ」
「鼻からスイカとかさ、アレ嘘だった。あたしにはそんな感じだったよ。…実際、海楼石付けてたしさ」
マジ最悪だったぜ、と嘆息しながらアンは続ける。能力者のアンがうっかり火を噴いてしまわないようにと海楼石の手錠を付けなければならず、力は入らないくせに、力を込めなきゃならないという無茶な状況だったのだから、無理はない。
「…そうか」
「うん。くたびれた」
苦笑するアンがいとおしくなって、額にキスを落とす。
「すごいな」
「うん」
「…俺ァまだ実感が湧いてこないよい」
「これから嫌ってほど実感するって」
「まさか、自分が親父になれるとは思わなかったよい」
「へへ、オヤジと一緒だねえ」
すごいなマルコ、この船で二人目のオヤジだ。そう言ってアンが笑う。すごいのはお前だ。マルコは思った。
アンの体の横にあった彼女の手に、自分の手を重ねる。いつもの温かさはなく、ひんやりとしていて、見れば手首には赤く擦れた傷も見つけた。
「そうだねい。…アン、」
「ん?」
「ありがとうよい」
自分を父親にしてくれて。自分の血へのこだわりさえ捨てて、愛する者の子だからと、アンは今の状況に至る結論を出してくれた。葛藤を抱えつつも、身の内に宿った命を捨てずにこの世に送り出してくれた。
その強さにただ感謝と愛情の気持ちしかない。
それを言葉にすれば、アンの目にみるみる滴が溢れ、瞬きと共にすい、と枕に一筋水が流れて落ちた。綺麗な滴だった。
「…うん。どういたしまして」
宝物が、ひとつ増えた日だった。
end.
20120718
にんしんねたどころかすっさんまでいきついてしまいました。
おまけ。
「あと、マルコ。禁煙しねえとな」
さっきまでめちゃくちゃ吸ってただろ、と厳しい眼差しが向けられる。最近見せるようになった母親の目だった。ちなみにこの目をしたアンにマルコは何故か逆らえない。
「あ―…」
アンの言うことに間違いはなく、先ほどまで医務室の外で気を紛らわすべくひたすら煙を浴びていた。
「超クサイ。いっぺん着替えてこいよ。ついでに今日でタバコ、最後にしろよ」
ガンバレ、オヤジ。とこれから一番、色々と頑張るのだろう相手に言われては、ただ頷くしかない。
「………よい」
今までも甲板やアンの居ない所で避難するように、隠れて楽しんできた一服との突然突きつけられた別れに、マルコは嘆く間もなかった。