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□【Good morning,I'm sorry,and I love you.】
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ふわり、眠りの底に沈んでいた意識が浮上する。

瞼の向こう側に感じる白い光で、朝が来たのだとわかる。
薄く開けた目で見おろせば、柔らかな黒髪が間近にあって。腕の中で眠るアンが僅かに身動いで寝姿を整えている。彼女が寝返りをうったせいで目を覚ましたのだと知った。

マルコとアンは昨夜、喧嘩をした。
たまにあることだった。恋人の関係になる前もなってからも、変わらず二人は時々衝突をする。
昔と違うのは、そういった日の夜。
激しく言い合いをして、時にひどい言葉をぶつけ、顔も見たくないとそれぞれが互いの部屋に戻り、一人になって頭を冷やしていたあの頃と違って、恋人になってからの今は二人同じベッドで朝を迎えるのだ。

もちろんそれぞれの寝床はちゃんと別にあり、特別な夜を除いての普段はお互いそちらで眠っているのだけれど、喧嘩をした日の晩だけは必ず一緒に眠ることにしている。

このおかしな習慣は、付き合いはじめた頃にアンが言い出して決めたことだった。
曰く、『喧嘩している間の離れている時間がもったいない』そうで。
確かに深夜興奮が冷めてくると言い過ぎた己の反省や相手への心配が出てくる。そうなると、どうにも一人でいるのが辛い。
それに最初は言葉も交わさず背を向けあって眠っていた互いの体が、朝を迎える頃には向かい合うどころかしっかり触れ合っているので、頭よりも体の方が正直なのかもしれないし、なにより翌朝以降の顔の合わせづらい気まずさや更に続く冷戦のしんどさなどから解放されるのは確かにありがたく、アンの言うことにも一理あると、最初の朝以来ずっと彼女の提案を受け入れている。
マルコだって長いこと、アンと諍いを起こしたままでいたくはないのだから。

だから昨夜もアンは怒ってマルコの部屋を飛び出したあと、就寝の時間になったら枕を抱えてマルコの部屋に戻ってきた。
机に向かい書類を片付けることでぐしゃぐしゃした気持ちを紛らわしていたマルコの背中に「おじゃまします」とぼそぼそ告げて部屋に入り、「おやすみなさい」と先にマルコのベッドに入り、壁に背を向けてさっさと寝ていた。こんなときでも律儀に挨拶を欠かさないのはアンの性分からだろう。

昨夜の喧嘩の原因は自分にあった。どちらに非があるかと言われれば、認めるのが悔しいけれど、こちらの方だ。
それを大人の狡い知恵で、一見正論ぶった言い方をして煙に巻いて、正しいアンを理不尽に責めた。
大人げない真似をした。
マルコの部屋で眠るために戻ってきた時に一瞬だけ見たアンの目は真っ赤だった。おそらく自室で泣いていたのだろう。悪いことをした。

アンがこの船に来てから、己が泣く姿を人に見せたのは過去に一度だけ。
それ以外は涙の気配すら隠すほどの負けず嫌いで強情だ。
そんな彼女が、マルコにだけは涙を見せてくる。
マルコにとってのアンが、妹の立場から恋人に変わってからだ。

互いの気持ちを伝えあって、愛情を分け合い、そうしてこの船の仲間や、白ひげにさえも見せないアンの気持ちや特別なものを少しずつ、マルコにだけ渡してくれている。

思い返せば昨夜だってそうだ。
こちらの理不尽な理屈に泣くいたいけな姿も、負けず嫌いな性格のくせに泣きはらした顔を晒してでも約束通りマルコのベッドに来る律儀さ、自分だけにはどの表情も隠さない信頼。
そんなひとつひとつにアンからの真っ直ぐな愛情を感じて、いとおしい気持ちが胸いっぱいになって仕方がなくなる。
マルコは眠ったままのアンを抱き寄せて、自分より小さい体をくるりと包み込み首筋に顔を埋め隙間なく抱き締めた。
昨夜はまだ湿っていたアンの髪はもう乾いていて、ふわふわと彼女の項を隠し甘く香っている。そこに鼻先を潜らせ髪に隠れた肌のにおいを嗅ぐと、心が満たされた。
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