■text

□アルコール
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言い表すなら『酩酊』、の一言だった。


「しっかりしろよい」

「んん、だいじょぶ〜…」

全然大丈夫ではない。
慣れない強い酒に負けて、足腰どころか上半身にまで来たらしい、そのぐにゃぐにゃになった細い体をなんとか支えて部屋を目指す。
こんな扱いづらい体は抱き上げた方が早い。
けれどそうしてしまうと、自分はきっと彼女を連れていくべき部屋ではないところへ運んで行ってしまいそうなので、歩きづらい今の状態を選んでいる。

今夜のアンは無茶な飲み方をした。珍しく陣取った白ひげの傍で、彼好みの強い酒を一緒になってあおっていた。
アンはアルコールに弱い方ではないが、あの親父や自分に比べればまだまだ強いとは言えない。それをいつもと同じペースで杯を空ければ、早々に潰れてしまうわけで。
白ひげの膝に凭れてふにゃふにゃと脱力してしまったアンに溜息をこぼしていたところを「マルコ、お前ェが運んでやれ」他でもない親父に言われては断る理由もなかった。
…親父に言われるまでもなく、自分が連れ出すつもりではあったのだけれど。
目が合った白ひげの顔が、アンの背中とおなじ表情で笑っていた意味は考えないようにしておく。

あんな様子のこいつを人前に置いておけるか。ただでさえ無防備が服を着て(しかも薄着も薄着、下着に等しい)歩いているような女だ。若さ故の無茶を差し置いても、男所帯のこの船の上での風紀上こんな格好は勘弁してもらいたいのに。
それを親父の膝元でとはいえ、あんな顔をして、いつもの跳ねっ返り娘の面影を残さないこんな隙だらけの様子は反則だ。親父はともかく、自分や他のクルー達の目を何だと思っている。
大体、俺がアンをどう思っているのかこいつは「知っている」と言ってはいなかったか。

…我ながらこんな小娘に本気で惚れているなんて、正気の沙汰ではないと思っている。
しかもアンの方からも自分への気持ちが己のそれと等しいと分かる態度があり、一見何の問題もない。
ただ、心を見せてしまうには己の立場とか年齢、そういったプライドが邪魔をする。大人であるということは、若さと対極の立場でいるということで、色々面倒くさい。いっそ今より年を取ればこんな感情さえ越えてしまえるのかもしれないけれど。
しかし今アンを自分のものにしてしまいたい気持ちだけは一直線で、昔から欲しいものに対し我慢をしたことがなかった自分の、海賊としては問題ないが、いい歳の大人としては未熟なのであろう矛盾を今更ながら呪う。
結果、酒の力でも借りなければ…酒に酔った上でのことにでもしなければ行動に移せない情けない男が出来上がる。

ほんの2日前のアンの言葉を思い出す。
あの日、アルコールが入った分普段持つややこしい拘りやしがらみから簡単に解放された体は、自室の隣、いつでも施錠のされていない扉を躊躇いなく開いた。
部屋に満ちるアンの空気に目眩がした。こちらに背を向けて寝台に横たわる彼女の、微かに上下する細い背中にどうしようもなく気持ちが高ぶった。
ままよ、と寝台に上がればすぐに目が覚めた気配を感じ、こちらを振り向かせまいと背後から抱き締めた。
首筋に顔を埋めると髪のにおいが甘く香った。酒よりも強くそれに酔わされ、らしくないことをした。つい気持ちを溢してしまった。抱きたいと言った。

アンはこちらの狡さを咎めながら拒み、酒抜きの俺を待つと言った。その頑なさに、さらに愛しさが増した。

支えてなおずり落ちそうになる体をなんとかとどめ、2番隊の隊長室の扉を開ける。
2日ぶりのアンの部屋。あの日と変わらないこの部屋の空気。それからあの時の記憶で、焦燥の気持ちに駆り立てられた。

あれからもう2日も経ってしまった。
酒が抜けてから来い、と言われてから直ぐ様あらためてアンを奪いに来るつもりが、実はこの船ではとても難しいことだという事を今更ながら知った。とにかく船長をはじめ酒呑みしかいない船だ。常にどこかで宴が開かれている。
現に今夜だって、自分はともかくアンの方がこの有り様だ。
ベッドに降ろされへばりつくように横たわる愛しい娘とその体を見下ろし嘆息した。

その気配で意識を浮上させてきたらしい黒い眼差しが、こちらをとらえる。

「まるこー…」

「はいよい」

適当に返事してやる。いつに無い舌足らずな話し方が酔いの深さを表していて、誘ってるとしか思えない。こんな時に、そんな声で呼んでくれるな。
たった2晩も待てない焦りはアンだけにだが、ことこいつに関してだけは本当に、色々とらしくないのだ。

「きょうはあたしもよってるから、おあいこだねえ」

「そうだな」

だからさ、とアンの言葉は続く。

「きょうはあたしのきもち、つたえとくよ」

アンの左手が空を掻いて俺の手を探す。軽く握ってやれば強く掴み返された。温度の高い手のひらだ。

「マルコが好き」

はっきりと言われた告白に酔いは感じられなかった。

「だから、はやくあんたのもんになりたいって思ってる」

「…アン」
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