■text

□みつばち
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汗ばんだ背中をつい、となぞられると、腰から下の感覚とは別の刺激が体を駆け巡って、自然と内にいるものを締めてしまう。
狭くなったところを動かれて、吐息が増した。

「オヤジが縞々になってるよい」
少し笑いながら、彼の声が背後から聞こえた。日焼けで残ったビキニの跡の事を言われた、らしい。
この人の手は、あたしの背中に触れるときだけ特別に優しい。そこにあたし達が敬愛してやまない男の印があるから。マルコの大切なものはそれであって、あたし自身ではないのだ。

「まるで蜜蜂だねい」
あたしの反応を楽しむように、マルコは背中から脇腹、腰の辺りに指先を滑らせて敏感な体に仕立てあげていく。

「も…マルコ…ッ、」
堪えきれなくて身を捩って、もどかしい感覚をどうにかしてほしくて名前を呼べば、仕方ねえな、と背後から溜息混じりの一言。

「俺を刺すなよい」
「…?」
そう言って、あたしがその言葉の意味を探る前に大きな両手で腰を掴んで、乱暴に打ち込んできた。あんたの方が刺してるくせに。
「…あーっ、あッ、んん!」
抑えられない声があがる。
こうなるともう何も考えられない。
たくさん揺さぶられるように出し入れされ、その度に頭の奥まで突き抜ける痺れに支配される。それに夢中になって力の入らなくなった腕が支えの役割を果たさなくなり、上体を枕に預けてされるがままになった。
「あぁっ、マル、コッ、マルコっ!」
角度の変わった突き上げに声がいっそう切羽詰まったものになる。
あたしはすがるようにマルコの名を呼ぶだけ。

ふっ、ふっ、と獣の息づかいが首の後ろからして、背中に熱を感じる。
マルコに後ろから抱き締められている、それだけで心が満たされて泣きそうだ。
「くっ…アン…!」
マルコがあたしの名前を一度だけ呼ぶ。終わりが近いしるし。だけどこれが普段言ってくれない『好き』の代わりに聞こえて、あたしはこの一言が欲しくてマルコとセックスをしてるのかもしれない。

がつがつ、と激しい抜き差しされればあたしの限界も近い。
「ん、はぁっ…!」
頭の中が真っ白になって、数瞬だけ全身に痺れがまわる。
余韻に体をぶるりと振るわせながら、ゆっくりと目を開いて、肺に溜めたままだった空気を吐き出す。
はあ、と深い溜息をついたみたいになった。余韻はちっとも甘くない。
あたしの中で果てたマルコは、事が終わればすぐに体を離す。
ずるりと抜いたそれからさっさと避妊具を外して始末をし、ベッドの端に腰かけ、煙草に火をつけた。
あたしはうつ伏せのまま、その背中をぼんやりと眺める。
背中まで鍛えられた大人の男の人の体。今はまだ熱いはず。手を伸ばしかけて止めた。
一度も振り向かない後ろ姿は、拒絶されているようだったから。


マルコは優しい。
あたしが「好きだ」と気持ちを打ち明けたときも、拒絶したりせず受け入れてくれた。あたしがキスをねだればキスしてくれるし、抱いて欲しいと言えばその通り体の関係にもなってくれた。

マルコは残酷だ。
体が繋がる関係になっても、一度も彼から「好きだ」と言われたことがない。
ただ受け入れてもらってるだけ。
だから船が島に着けば女を買いに陸にあがりもする。そんな日は当然帰ってこない。
あたしとマルコとの間に恋愛という横線は入らず、ただ彼の同情の上で出来ているだろうこの関係に情けなく思いつつも、あたしはそれを手放せない。
同情でもいいから、ほんの一時でもこの男に近いところに居たくて、この関係に甘えているのだ。
マルコは狡い、と思う。
そしてあたしも、狡い。
もしもあたしに毒針がついてるのなら、刺してやりたい。
マルコはその毒で死んじゃうのかな?
でもミツバチは刺したら、自分も死んじゃうんだっけ。


「書類が溜まってる。今夜は部屋に戻れよい」
「…このまま寝てちゃだめ?」
狡いあたしはいつものやり方でマルコにねだる。
いつものように、マルコが断らないのを解っていてお願いをするのだ。
「…朝には戻れよい」
溜息と共に返ってきた言葉はやっぱりあたしをはね除けなかった。
「わかった」
下履きを身に着けシャツに袖を通すマルコが遠ざかる。

ランプを置いた机に向かい、また煙草に火を点す。
マルコが仕事やセックスなど、何かをするときの癖。最初と最後に一本ずつ、煙草を吸うのだ。
先程セックスの後に吸っていた一本の残り香がまだ濃く漂うこの部屋に、更に煙草の煙が追加される。

枕に顔を埋めて、息を吸い込んだ。
マルコのにおいがした。胸が痛い。
もう一度吸い込めば、煙草の香りと混じって、いつものマルコのにおいに近くなる。
そのにおいを胸に閉じ込めて、あたしは目を閉じる。
こうすれば、きっとマルコの夢が見られるだろうから。

優しいマルコは、夢の中だけだから。

ぶうん、ぶうん。
耳の奥で、ミツバチの羽音が聞こえる。





end.

20120703
Title:Mitsubachi/DreamsComeTrue

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