■text

□Tobacco Smoke.
1ページ/1ページ

机の上に置きっぱなしだった、持ち主不在の小さな紙箱。

置いてある場所と見慣れたパッケージに、すぐに誰のものか分かって顔が浮かぶ。
きっちり日に一箱を消費する不健康な習慣を持つあの男の顔と、彼を纏う匂い。
誘われる様に一本、箱から抜き出した。

指先を小さな焔に変えて、くわえた先端に近付けて吸い込んだ。
慣れたにおいがぐっと濃くなって肺に落ちる。

「…っ!」

途端噎せ返りそうになったが、すぐに吐き出したくなくて堪えた。
目の奥がチカチカする。紫煙を体の奥まで入れたのは初めてだ。
口中に拡がる苦味に顔をしかめた。

この銘柄特有のパチパチという延焼音が聞こえてくる。
潮の音に消される程の小さな音は、よっぽど近くにいないと聞こえないそれで。
人をよくライター替わりにするあの男の傍に立つ自分には、馴染んだ愛しい音だった。
目を閉じれば、彼がすぐ傍に居るようで堪らなくて、ふるり、身体が震えた。

息を吸い込む毎に近付く赤。
これは導火線だ。
いつもあの男の口元に引っ掛かって、最後まで辿り着く前に火を消され終わっていくそれ。

最後まで火が燃えきったら、どうなるんだろう。
自分の火が、導火線の端っこまで燃やし尽くしたら。


何か変わるのかな。

自分が?


あの男が?



あの男との関係が?




何に変わる?




煙の隙間にぼんやり浮かぶ考えに目眩がした。

身体中に纏う、いつもより濃い薫りが思考をおかしくする。
頭の奥が痺れるような感覚。

「隠れて人の煙草を拝借たあ、感心しねぇよい」

居ない筈の声に、肩と心臓が跳ねた。
思考に沈んでいた意識が一気に浮上する。
振り返れば戸口に見慣れた影が立っていた。

「…マルコ」

「お子様には向かない銘柄だよい」

こちらに歩いてきた彼は、半分以上燃え残っているそれをすい、と取り上げ唇に軽く挟み、難なく吸い上げる。
暗がりに一瞬濃くなる赤。
続きはこの男の口元で燃えていく、茶色の導火線。
そのまま燃えろ、根元まで。

「アンタのだから、試してみたかったんだ」

いつもヒトを子供扱いする憎い相手にそう返せば、クソガキが、そんな呟きが煙に混じって返ってきた。




end.



Title:Tobacco Smoke/Locofrank
エース視点、またはアン視点。どちらでも読める様にしました。

20120622

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ