■text
□ただそれだけ
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生き急いでるように、人生を歩む奴だと思った。
17で海に出て、18でここに来た。その間の常人にはありえない出来事とスピード。
「あたしは自分が生まれてきて良かったのか、今でも分からない。…むかしジジイが言ってた言葉だけを頼りにいるだけだ」
『生きてみればわかる』
命は別に惜しくない。生きているのは生まれてきた意味、その答えを見つけるためだけ。
そういうことか。死にたがりの投げ出したがり。生き急ぐということは死に急ぐことととおなじだ。
下手に器用に出来ているから物事が難なく進む。他の奴のように躓いて足を止められることもなくここまで駆け抜けてきたんだろう。
「答えはまだ分からない。分からないけど…あんたに会えて、少しは悪くないなって思えたよ」
どしてだろうね。そう続けてはにかむように表情がくずれた。
雀斑のうかぶその頬が、薄紅色に染まっていた。
その表情の意味に、自分でも気付いていないくせに。
強い風が吹き抜けていく。
潮風に乱された髪を耳にかけながら、目を逸らすようにふっと遠くに視線を移す。
その横顔が普段のこの少女とは違う儚さをまとい、居なくなりそうなそいつを捕まえるように、ゆっくりと下ろしかけたその細い右手をパシリと掴んだ。
途端に驚いた眼差しもこちらに戻る。
握れば指の余るほど細い頼りないその手首。こんなちっぽけな手でどんな答えが掬い取れるというのか。
「マルコ?」
世の中の何もをまだわかっちゃいないこの女の腕を掴んで立ち止まらせて、自分の傍に繋ぎ止めて思い知らせてやりたいと思った。
ただそれだけだ。
end
20120612 散文