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□ゴーステディゴー。
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とはいえ急すぎる展開に、今までの悪癖を呪う。

酒のせいだとしても好きな女まで(しかも未成年の)持ち帰り、勢いで食っちまったのでは、いい大人の面目もあったものでは無かった。年甲斐もなくがっつきすぎだ…。



コーヒーでも飲むかい、そう言ってベッドから降りた。寝起きの頭じゃこの状況をうまく整えられない。いや、整うものなのかこれは。
とにかく湯を沸かしコーヒーを淹れカフェインを体に入れる、起き掛けの頭を動かすにはそんないつもの手順が必要だった。

「マルコ」

アルコールの残る呼気をわずらわしく思いながら背の高いポットを火にかけると、隣の部屋からアンがひょこ、と顔を覗かせる。

「ちょっと電話するね」

「はいよい」

そのあどけない仕草と、わずかに赤くなっていた彼女の頬にドキリとしつつ了承の返事を返す。本当に、らしくない。ほんの僅かな事でさえ乱れる心臓に呆れながら、煙草を一本取り出し唇で挟んだ。


「もしもし、…ィ?」

カシン、ライターの点火をし損ねて、煙草に火をつける手が止まる。聞こえてきた男の名前のせいだ。

「…うん、昨日はごめん。ちょっとさ…」

よく通るアンの声は、隣の部屋での通話中のそれもここまで届いた。
訳を言いづりそうな声音に、いけないと思いつつもついつい聞き耳を立ててしまう。何をやってるんだ。思ってはいるが、意識は壁の向こうの会話に集中してしまいアンの声を拾おうとする。

「…トモダチんとこに泊めてもらったんだ…うん、うん…」

友達。都合のいい言葉だ。それが自分を指しているのだろうことに、すっと頭の奥が冷めていくような気がした。

「昼飯は適当に…うん、洗濯も頼む。夕方までには帰るから…じゃあ」

パチン。携帯電話を閉じる音で通話の終了を知る。
生活の匂う会話だった。…ああそうか。一緒に住む男がいるのか。そんな相手がいるのに俺と寝たのか。
そんな風には見えなかったが、どんな女にも表と裏の顔というものはあるのだろう。
とんだ尻軽に引っ掛かったもんだ。唇には笑いが浮かぶ。
なんのことはない、今までの相手と年若いアンが同じ種類の女だったただけだろう。
先程までの気持ちが、白々しく一気に冷めた。

ようやく火のついた煙草の味が、ちっとも旨くなかった。
暫くして湯が沸騰した頃、服を着たアンが部屋からゆっくり出てきた。

「コーヒー、それで淹れんの?」

「そうだ。…ちょっと座ってろい」

何でも無いふりで動揺を隠す。アンは頷いてすぐそばの椅子にそっと腰掛ける。
それを確認し、コンロの火を止め、先にフィルターをセットしたドリッパーに豆を入れる。豆の量は、人数プラス一杯。
そこに湯を注ぐその時だけは集中が必要になる。
ぶわりと膨らむ豆の様子を見ながら、静かに湯を注ぎ足す。
湯を落とす高さと量、間隔をはかるその間は無心になれるので、一番好きな作業だった。一時の無心は気持ちをリセットしてくれる。この時間のためにわざわざマシンも使わずハンドドリップで毎回コーヒーを淹れているほどに。
けれどいつもの気分転換も、今のこの不快感を取り去ってはくれなかったようだ。

慣れた動作で手順を踏むマルコの流れるような手つきや、サーバーに落ちるコーヒーをまじまじと眺めているアンの顔を、忌々しい気分でちらりと見下ろす。

「コーヒーって、淹れるところ初めて見たよ」

単純に感激をあらわす無邪気な声さえ苛つく。
この作業でさえ拭えなかった不快を、マルコは直接言葉にすることでさっさとどうにかしてしまうことにした。
胸の中にこんな嫌なものを抱えたまま、苦い液体を飲み込みたくはなかったから。

「…お前、男がいるのかい?」

まわりくどい言い回しなどせず、直球で問うて、顔を上げるアンの顔を見る。

「へ?いないよ?」

空惚けた返事を返すしたたかな顔を見てやろうと思った思惑ははずれ、そこにはぱかっと口を開けた間抜けな表情だけがあった。

「嘘つくんじゃねえ。二股なんてごめんだよい」

「はあ!?あたし、サッチと寝たりしてねぇよ!?」

見当違いな名前に肩が落ちそうになる。何でそこであいつの名前が出てくるんだ。

「あいつも入れたら三股だろうが。兄弟になるつもりはねぇよい」

一瞬傷付いたような表情に見えたのは気のせいだろうか。確かめる前にアンは俯いてしまったから分からなかった。

「わけ、わかんねえ…」

低く圧し殺したような声。どうして今こいつの方がこんな風になるのか。

「それはこっちの台詞だろい」

「…昨日のは、遊びだったのかよ…っ」

上げた顔は涙で濡れていた。また初めてみる表情だ。こんな時だというのに、そんな事をどこか頭の隅で考えていた。
こいつにはとっくに情など移っている。
他の男のものだと思うときつい言葉を投げつけて、こんな顔をさせてしまうくらいには。

「一緒に住むような男がいるくせに、他の奴と酔った勢いで寝ちまうのは、尻軽って言うんだろい」

「は?…それ、あたしのこと行ってんのかよ」

「他に誰がいるんだい。俺の事を誘うんなら、せめて前の相手と切れてからにしてくれよい」

我ながら滑稽な言い草だと思う。散々誠実とは遠い付き合いをしてきた自分が、この娘に限ってはそれを相手に求め、裏切られた気分で不快を表しているのだから。自嘲の笑みが浮かぶ。


「………バカマルコ」

「はあ!?」

「アホボケカス、クソッタレ」

突然浴びせられる罵倒の山に目を白黒させるしかない。その間にも続く悪口三昧、罵詈雑言。

「クソボケパイナップル、早とちりの勘違いジジイ!」

「おい、アン…」

「おとうと!!」

「は?」

いい加減その罵りを止めろと言いかけて、その中に混じるカテゴリの違う言葉に遮られてしまう。

「ルフィは!あたしの、弟だ!!姉が弟と住んで何が悪い!!」

「…あぁ!?」

弟!?思いもよらない単語に毒気を抜かれ、それからすぐに今までの出来事にその一言を加えてすべてが矛盾なく繋がったことで合点がいった。
一気に空気が抜けた風船のように心の中のドロドロしたものがなくなっていく。
手元で煙を出すばかりだった煙草から、長くのびた灰がポロリと落ちた。何てことだ。

「だいたい!」

アンのターンは続く。

「あたしは、昨日までバージンだった!! せっ、セックスするのなんて、マルコが初めてだった!!」

あ…。アンの言葉にすっかり抜け落ちていた昨夜の記憶がストンと降りてきた。
確かにそうだった。直に触れ合う肌に慣れず、緊張したままの体。竦む体を時間をかけて慣らしゆっくり開いていったこと。
昨日までこいつはまっさらだった。

「…思い出したかよ」
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