拍手夢
尾浜夢『明けの明星』
ああ、夜が明ける。
障子の向こうがぼんやりと薄暗い。
もう半刻もすればお天道様は高い空に上っているだろう。
ゆるゆると布団から上半身だけ起こす。
途中、僅かに音をたててしまったが、隣で眠っている男はすうすうと寝息を立てていて、起きる気配はおくびもない。
良かった。
こんな朝早くに日々鍛錬に明け暮れ疲れているであろう彼を起こすのは、なんとも忍びない。
ゆっくりと彼を起こさないように注意を払いながら布団から出る。
日中の暑さとは打って変わり、若干肌寒ささえ感じるほどひんやりとした外気が心地よい。
いつもとなんら変わらない日常だ。
だが、いつになってもこの瞬間は慣れない。
彼と別れる、この瞬間は。
東の空の端が薄らと明るくなり始めている。
ああ、もう戻らなければ。
そう思うとあの数刻前に感じた温もりさえ幻だったのではないかと思えてくる。
急に湧き出すように溢れだす切なさに胸がずきりと疼く。
あと少し、あと少しだけ一緒にいられたら―。
一瞬そんな淡い願いが浮かんだが、またすぐに一瞬で消えた。
私は単なる学園のお手伝いで、彼は忍びなのだ。
まったく身分違いの恋もいいところだ。
こうして付き合ってもらうだけでも禁忌を犯しているというのに、これ以上彼に何を要求しようというのか。
ぶんぶんと邪念を払うように顔を振り、ゆっくりと部屋の入口へ向かう。
ぴしゃりと閉められた障子を開けて―。
「もう出ていくの?」
不意に背中に感じた温かさに驚いて、振り返ると彼――尾浜勘右衛門その人が私を抱きしめていた。
さすが五年い組の学級委員長。
物音ひとつしなかった。
「もう朝だもの。」
朝ねえ、そう呟いて勘右衛門は半開きの障子から薄い青味が混じり始めた空を見た。
東の空は幾分明るくなってきている、一方の西の空はまだ濃い青色が広がっている。
流れゆくその時はゆっくりと、けれど過ぎれば一瞬で流れていく景色を私たちは無言で見つめた。
明るくなりつつある空の一点にきらりと星が光っている。
あれは。
「確かに夜ではないね。」
急に目の前の景色が変わった。
辺り一面真っ白だ。
背中に感じる勘右衛門の手が、顔に触れるその堅い胸が温かくて。
ふわりと香る勘右衛門の匂いが鼻先を掠めていって。
「でも朝でもない。」
ただ、ひどく苦しくて悲しくて、けれど幸せで。
どうにかしたくて、でもどうしようもなくて。
ああ、私はあなたのことが。
瞳と瞳が合わさって、鼻先と鼻先が触れ合って。
そして、唇と唇が―。
朝と夜の境界に浮かぶその星は――明けの明星。
(そうして今日も朝と夜の間を彷徨うの)
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