小説

□NORAR
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 それからというもの、私は四六時中その人のことばかり考えていた。
 その人は、とても不思議な人だった。
 すんなりと長く伸びた手足をして、髪は長くて黒い。顔つきはどこか気だるげでアンニュイな表情がなんだか色っぽい。男とも女ともとれる服装をしているが、どうやら生物学的には女性らしい。粉塵を防ぐために持ってきたのであろうゴツいゴーグルが妙によく似合っていた。それだけならただの中性的なカッコいい人なのだが、その人はこの世のあらゆるショッキングなものを見てきたと自負する私でもぎょっとするほどの身体改造を全身に施していた。服を纏うように肌に刻まれた絵画と、耳殻の面積のほとんどが銀色になっている沢山の耳のピアス。耳以外にも至る所に金属が嵌められていて、なんだか色々なものを超越してしまった人のようだった。
 この人は一体どこから来たのだろう。この世界にまだこんな身体改造をするような文化や資源が残っている場所があるのだろうか。それともまさかこの人も幽霊なんじゃないだろうか。そんなことをぐるぐると考えながら、私はこっそりその人の様子を伺っていた。
 ある日、どこかに出かけていたその人は、一台のテレビを持って帰ってきた。そしてその次の日には、ゲーム機を持って帰ってきた。この廃墟の環境は精密機器が数十年生き残るには酷だろうと思ったが、驚いたことにその人は拾ってきたテレビとゲーム機でゲームをし始めた。
 廃墟の不気味な静寂の中にビシバシという小気味よい効果音と賑やかな音楽が響く。
「ねえ」
その人は、ぎょっとした顔で振り返った。
 突然の闖入者に、その人はぽかんとして固まったまま私の顔を凝視していた。緑がかった灰色の瞳が綺麗だった。
「誰だあんた。どこから来た」
「失礼な。私のほうが先に住んでたのに」
「ここに?」
「ううん、二軒隣り」
「……先客がいたのか」
「……先客がいたら、出て行く?」
「……別に」
「本当?」
「あんたが出ていけって言わないなら。電気が通じてるとこ、やっと見つけたんだ」
「なるほど」
 確かに電気が使えるところは貴重だ。風力と水力で作っている数少ない電力は、生き残っている配線に無秩序に垂れ流されている。まるで井戸を掘って地下水でも掘り当てるみたいに、電気の水脈を発見したらしい。
「随分と旧式なゲーム機もってるね」
「旧式ってわかるの? あんた、もしかしてマニア?」
「ううん、別に」
 こんな環境で新しいゲームが開発されることなどあるはずがないのだから、古いものに決まっている。ちなみに全くゲームのことは詳しくない。
「懐古ブームらしいよ。こんなのが陰で出回ってた。単に高機能のゲームを遊べるだけのエネルギー資源も技術もなくなったってだけだけど」
「ブーム? どこでのブーム?」
「……どっかでのブーム」
 途端にその人は素っ気なく顔を逸らすと、ゲームの画面に向き直った。残念ながらコントローラーはひとつしかなくて、協力プレイはできない。けれど出ていけとも言われなかったので、私はその人の斜め後ろでテレビ画面を眺めていた。一度声援を送ったら「うるさい」と一蹴され、仕方なくその後はじっと黙って大人しくしていた。けれどその時間は新鮮で、ずっとどきどきしっぱなしだった。
「そういやさ」
 大分時間がたってから、その人は思い出したように口を開いた。
「なに?」
「穴、あいてる」
「うん」
「すげーな」
「でしょ?」
「うん」
「あなたも、穴だらけ」
「そういや、そっか」
 その人は、ピアスのあいた唇を歪めてニヒルに笑った。




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