小説

□NORAR
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.........NORAR












 私の心には穴が開いている。胸の、ちょうど心臓の部分。誓いを立てる時に手を当てる場所に、ぽっかりと穴が開いている。
 いつ、どうしてこの穴が私の胸に現れたのかはわからない。気づいたらそこにあった穴は少しずつ大きくなっていて、いつか穴は私より大きくなって、私は穴になるんじゃないかと思う。
 こんなところに穴があっても困らないのは、私が幽霊だからだ。
 もしかしたら、幽霊という名称は正確ではないのかもしれない。
 私は生まれた時から幽霊だったから、生きていたことは一度もないし、死んだこともない。私のお母さんは幽霊で、私は幽霊から生まれた幽霊の子。だから、周りにいた人たちがみんな死んでしまっても、世界が滅びる一歩手前までいってしまっても、こうしてのほほんと暮らしていられる。
 もう何十年前だろう。いや、百年以上経っただろうか。とにかくしばらく前に世界は滅びた。
 危うげな均衡を保っていた世界のバランスが一旦崩れると、あとは一瞬のことだった。緻密な計算のもと設置された爆弾で解体されるビルのように鮮やかに、数千年かけて築き上げられた文明は瞬く間に塵の山と化した。
 といっても、まだ人の世界は完全には滅びていない。数は遥かに少なくなったが生きている人は残っているし、資源も残っている。いつかは復興するのかもしれないし、このままゆっくりと消えてゆくのかもしれない。
人類がこの世から消滅するとき、最後の一人となるのが私だったら、それはそれで名誉なことだ。私を人としてカウントして良いかどうかは微妙な所だけれども。


私が今住処にしているのは、小さな島にあるマンションの一室だ。比較的丈夫で、雨風に曝されながらもかつての高級感のある外観の面影を残している。部屋のひとつひとつが大きくて、広いバルコニーもある素敵な家だ。
もう長いことここを住処にしている。私以外に誰も現れることはない、静かな場所。
そこに、ある日、新たな住人が現れた。
私はそれはそれはもう驚いて、久しぶりの人の気配にどきどきと無い胸を高鳴らせていた。
人がわざわざどこかから現れることはまずないと思っていた。この世界のどこに行ってもあるのは廃墟と死んだ目をした人間ばかりで、希望のような何かが見つかる可能性は限りなく低い。一度自分の居場所を見つけて腰を据えてしまえば、そこから別のどこかに移動する意義はほぼないと言っていい。ましてや、こんな何もない、誰もいない場所に。
いや、むしろ誰もいないと思ったからこそやってきたのかもしれない。
そう思って、私はしばらくの間、その人には接触しないよう息をひそめてその人間の気配だけを探っていた。他の住人がいると知って逃げられてしまうのは嫌だと思った。
その人はどうやら一人のようだった。他の人間が現れる気配はない。
数日後、どうやらその人が私の家の二軒隣りに住み始めたことを確信して、私は静かにガッツポーズを決めた。その一瞬後に、なんで私はこんなに喜んでいるのだろうと不思議に思った。
自分で好き好んでこんな人のいないところに住処を構えているくせに、人が現れたら喜ぶとは。
(……単に、退屈してただけだな)
 結論は一瞬で出た。




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