小説

□絵空音
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最後に手を繋いでくれていたのは諦めという名の癒しで
  
  今も 手を繋いでいる
  今も 手を繋いでいる















 絵 空 音
















 
 音が、膜となって夜を包む。
 静かに、夜気に霧雨が満ちていく。
 無音の世界に、誰かが囁くような、音がする。
 雨の日は何かに出会う。何かに出会う時は、決まって雨が降っていた。霧雨、土砂降り、夕立、嵐、関係なく。そして、何かを失くす日も、雨が降っていた。思い返すと、そんな気がする。
 そう、真夜中、誰もいない暗闇の物影で死体のように蹲っていた少年を拾ったのも、確か雨の日だった。目を閉じた無明の中で、懐かしい音がした。
 運命というものは、多分ある。

 
「おかえり」
「……ただいま」
 雨音に混ざって暗闇の中で声がした。



「天使を拾ったんだ」




――うたがきこえる









  ・・・








「ねえ、飼ってもいいでしょ」
「駄目。元の所に戻してきなさい」
「ゴミ捨て場にいたんだよ。かわいそうじゃない。生き物を捨てるっていうの? この人でなし」
「生き物は無責任に飼うもんじゃありません」
「じゃあ僕が責任もって世話するよ」
「その世話にかかる経費とか負担するのは俺。お前にできないことさせられるのも俺。それにまずそもそもの問題として、それは生き物なのか?」
 時貴は眉間にしわを寄せて、それを指差した。
 大きさとしては、目の前にいる黒猫が銜えて運んでこられるくらい小さい。子どもの玩具にするにしては精巧に作られすぎた人形。手足は妙な方向に曲がり、右足は膝から下がない。汚れて擦り傷だらけの肌はさらりとして冷たく、端整な顔の右半分には何の表情も浮かんでいない。左半分は抉れて痛々しい断面が覗いている。硝子の右目が部屋の明かりを照り返して無機質に輝いている。べったりと汚れた髪は、元はふわふわの白金髪なのだろう。ぼろぼろに破れた服も、元は意匠を凝らした白い服だったのだろう。そして背中から生えている壊れた羽箒のようなものは、多分翼だったのだろう。
 天使を拾った、この黒猫はそう告げた。
 漆黒の体毛の中で唯一、左目の周りだけ白い、金と銀のオッドアイの黒猫。数年前にふらりと現れ、時々気紛れに遊びに来るようになり、いつの間にか時貴の家に住み着いた。発音は舌っ足らずながらも、内容は生意気なほど流暢な人語を話す。呼び名を持たなかった黒猫に名前を請われ、時貴がナミダと名付けた。
 いかにも猫らしく気分屋で高慢なこの黒猫は、おそらく時貴が文句を言いつつも最後には首を縦に振ることを疑っていない。視界の中でひらひらと揺れる優雅な尻尾の軌跡が、余裕綽々な猫の表情と相まって実に小憎らしい。




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