小説

□憶い歌
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この一瞬を目に焼きつけよう
今しも消えようとする景色と共に腐れ朽ちるなら
この眼球を燃やしてしまおう
僕らはめくらの鳥となり
暗黒の世界に手の温もりだけを残して
君と一緒に夢を見たい
いつまでも終わらない夢を見たい
















憶い歌

















 なんだか懐かしい気持ちで目が覚めた。
 夢を見たのか。その記憶は全く残っていないけれど、眠っている間に何か感情を呼び起こすものに触れたような気がする。こんなセンチメンタルな気持ちになる夢なら憶えていたかった。
 朝、珍しく普通の人が起きるような時間に目が覚めた。夜型だったり極端に早い時間に起きたりといった不規則な生活に慣れていると、朝に目覚めるということに妙に感動を覚えてしまったりする。
 自分と同年代の知人たちを見ていると、自分の自堕落さにたまに申し訳ない気持ちになる。家庭を持ったり職場で責任ある立場に就いたりしていてもおかしくない年齢なのに、そういった『真っ当』な人生のレールから足を踏み外しっぱなしのまま今まで好き勝手に歩いてきている。かといって今さら改める気は毛頭ない。
人間とは結局何なのだろう。
 もし人間ひとりひとりが巨大な社会という機械を構成する部品なのだとしたら、自分は主要な場所に嵌まることもできない、汎用性も低い、使い勝手の悪い歪な部品なのだろう。
完結することなく無限に絡み合う機械は、どこかで一つの部品が欠けたからといってそう簡単には壊れはしない。すぐにどこか別の部品がその場所を補填し、また機械は動く。けれどそれは以前と全く同じではない。その機械は絶えず変化してゆく。変化してゆく中で不要になった部品は捨てられ、また新たな部品が嵌められ、より円滑に、より都合よく動けるよう作りかえられていく。
生まれおちた瞬間にはまだ何者でもなかった人間は、成長するにつれてきれいに整えられて、自分の収まるべき場所を見つけ、そこで社会の一員としての立場を獲得する。
自分はどこにでも嵌まれるような綺麗な部品になれなかった、明日にも社会に爪弾きにされるかもしれない欠陥品だ。
どうして他人はあんなに器用に生きていけるのだろうと不思議に思うことがある。どうしてあんなにうまく溶け込めているのだろう、と。
けれど、誰もに必要とされているように見える人でも、案外どこかぴったりと嵌まりきれない歪な部分を持っていて、それを無理に型に押し込んで、苦しい思いをしながらもなんとかやっていくのかもしれない。いや、多かれ少なかれ、きっと誰でも同じような思いは抱えているのだろう。それでもどこかに心地よく嵌まれる居場所があるのだと信じて探し続けている。
自分は、今、ここでこうして生きている。
自分が今していることは、本当に自分がやりたかったことなのかとか、本当に人に必要とされているのかとか、この先どこに繋がっていくのかとか、たまに不安になることもある。かといって今さら他にできることもないかと開き直って、結局そのまま生きている。
自分はできそこない、人間として欠陥品、などといくら思っても所詮は人間、この世界の一部であることに変わりはない。自分がいる場所、それがどんな場所であろうと、そこが自分の居場所なのだ。
――だからお前も早く人間になれ
ベッドで朝の一服をしながら、隣のベッドでじっとうずくまる悪魔を見下ろした。
綺麗な部品になろうとして自分を押し殺して抑えつけて壊れてしまった心を不器用に修復してはまた壊して。何にそんなに抗っているのだろう。





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