小説

□ひかりの中で
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断末魔のように、世界が一度大きく震え、やがて静かになった。
数に限りが来た時、人々からは絶望の叫びが上がった。ある者は先に行った者を押しのけようとし、乱闘が起こり、狭い橋から何人もの人が押し出された。橋は繋いでいた塔から離れ、それに追いすがろうとした人々はばらばらと雲の中へと落下していった。残された人たちは激昂し、あるいは茫然とし、あるいは諦念と共に、異形の塔の向こうで白々と明けていく夜明けを見た。飛び立つ『宇宙船』が巻き起こした轟音と爆風は、周囲一帯の塔の窓硝子を割り、人々を吹き飛ばした。漆黒の流線形をした『宇宙船』は、悠然と空を泳ぐように、雲の中へと消えて行った。その光景を、一つも余さず、しっかりと網膜に焼きつけた。













「本当によかったの?」
「そっちこそ」
ひっそりと静まり返った世界には、人々の悲鳴も、怒号も響かず、微かな息遣いすら聞こえない。光も、熱も、音も消え、ただ、死のような静寂が満ちた。
 世界は静かだった。そこには誰もいなかった。たったふたりきりだった。
 風が強く吹いている。今まで感じたことのないような、冷たく刺すような風だ。遮るものもない吹きさらしの屋上にいるふたりを吹き飛ばそうとするような強風が上下左右から吹きつけてくる。
 ふたりは空を見上げた。
 『地上一万メートルの楽園』を白い靄のように包んでいたものが、空に溶けるように薄くなっていく。薄青い空は次第に色を濃くしていく。吸い込まれそうな紺色に姿を変えた空に、白い灰を流したような無数の白い粒子が瞬いている。その中に、鮮やかに青く色を変えた空月が浮かんでいた。
 クロナがシュラの手に手を重ねた。その手首には、緑色の草が生え、白い小さな花を咲かせている。
 シュラは背中の鞄から小さな瓶を取り出した。精緻な細工のされた蓋を開けると、細かな灰がさらさらと流れ落ちてゆく。灰は不意に吹いた強い風と共に舞いあがり、空月へと上るように紺色の空へと溶けていった。
 ふたりはしっかりと手を握り合った。触れあった肌は冷たく震えていた。
水底で見る景色のように視界が滲みぼやけていく中で、互いの顔をしっかりと目に焼き付けるように、微笑み合った。
 静かに塔が崩れ始めた。
壊れてゆく世界の中で、真っ白な雲が次第に濃くなっていく。ふたりの背中はやがて純白の光の中に埋もれ、見えなくなった。


















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