小説

□方舟
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「……なるほどな」
 長はシュラの話を聞いて、低い声でそう呟いた。
「青の人にそう周知して欲しいんです。それだけでいいんです」
「で、ここで私がその塔の場所を訊くのはルール違反か?」
「……北の方にある、ってことだけは」
「それがお前なりの『選別』ってことなんだな」
「はい」
「……その子を連れていくことは」
「これは……ただの、俺のエゴです」














 イオはあれから眠ってばかりだった。だるい、疲れた、眠い、と文句ばかり言って動こうとしなかったが、本当は少し動くのすら辛かったのだと思う。ジエンがそうだったから。だんだん行動する範囲が狭まってきて、最終的には部屋の壁際に座ったまま動かなくなって、そこに『植物』が根を張ってそれっきり動けなくなってしまった。
「イオ」
「お。おかえりー」
 シュラが戻ると、イオのお気楽な声が出迎えた。付き添っていたクロナが振り返り、シュラの腕の中のものを認めて目を見開く。イオもそれに気づいて眉を寄せた。
「何それ」
「あの子?」
「そう」
「どの子だよ」
 シュラとクロナで通じているのが気に食わなかったようで、イオは途端に不機嫌になった。
「ニオヴェさんの子」
 赤ん坊をクロナに手渡し、シュラはようやく肩の力を抜いた。強く抱けば潰れてしまうのではないか、力を抜けば落としてしまうのではないか、と心配で気を張り詰め過ぎて肩が凝ってしまった。
 『予定』の日まであと三日。タンタラムは、『宇宙船』が無事に動きそうだと言っていた。現時点では『宇宙船』を飛ばすだけの動力がないが、この世界を維持するエネルギーをこの『宇宙船』とその施設に回せば大丈夫だろう、と自信満々に宣言していた。
「ゼロはまだ戻ってない?」
「まだ」
 ゼロは赤の領域に行っている。日時とおおまかな場所を指定した、やけに詳しい『噂』を流すためだ。赤の領域では巫女の訃報が広まり、驚愕と絶望で混乱が起こっている。その中でその情報が広まる。『噂』を信じた者はきっと北を目指すだろう。あるいはこの世界と共に滅びることを望む者もいるかもしれない。世界が終わること、それから逃れる手段、もしも誰も信じずに人が集まらなかったとしても、それはもう運命だ。




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