小説

□しあわせの三拍子
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「……震えているの?」
「…………」
 この銃で撃った人の顔が脳裏に浮かんだ。自分が傷つけた人の苦痛の表情が過った。顔の原型もわからないほど破壊し尽くされたヴェリルの姿を思い出した。
手が震えて力が入らない。銃を下ろすと、巫女が一歩こちらに踏み出した。それに押されるように一歩後ずさる。だが、すぐに追いつかれた。
「あなたが復讐をする理由は、ある。そして私がこの『予定』を無視して計画を実行するのを正当化する根拠も、あった。何を選ぶのか、決めたのは私たちそれぞれの意思。そうでしょう?」
「……ああ」
「決めたことには責任を持たなければならない。選択をしてしまえば、後戻りはできない。あなたがここで引き金を引かないことを選べば、私は自分の意志に従って行動する」
一度下ろした銃を、巫女の手が握る。ひんやりとした手のひらが、シュラの手を包みこむようにして、自分の額に銃口を向ける。
「……本当に、他の手段はなかったのか?」
 縋るように言ったシュラに、巫女は悲しそうに微笑んで首を横に振った。奇跡は起こらないのだと。どんなに祈っても、願いは誰にも届かないのだと。届け先には、きっともう誰もいないのだろうと。
「シュラ、あなたはこの世界が好き? 過去形でもいい。好きだった?」
 巫女はまるで子供に諭すように穏やかな微笑みを浮かべ、真っ直ぐにシュラを見る。その視線から逃れようとしても、どうしても目を離せなかった。
「……好き、だ。他の世界なんか知らないけど、俺はこの世界のことしか知らないけど、好きだ。だから、この世界を壊して、見捨てようとしてるあんたが、許せない」
「……そう。よかった。その言葉だけで、私は幸せよ」
 巫女の顔に、ジエンの顔が被って見えた。
「……」
気づいたら、引き金を引いていた。額に穴を開けた巫女の体が、虚しいほど軽い音を立てて床に崩れる。発砲音の余韻が消え、耳が痛くなるほどの静謐。
手の震えが次第に収まっていく。詰めていた息を吐くと、ようやく強張っていた全身の力が抜けた。
カシャリ、と銃が床に落ちる。
眠るように目を閉じた巫女の体はいつまで経っても灰にはならなかった。血が床にゆっくりと広がっていく。小さな皺だらけの老いた体は、次第に冷たくなっていった。
――復讐って、悲しいもんなんだな
誰にともなくそう呟いた。






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