小説

□しあわせの三拍子
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 床に散らばった紙が風に吹かれてカサカサと音を立てる。見たことのない文字で綴られた物語がバラバラに千切れ、空に舞って見えなくなっていく。
微かに白み始めた空の方を向いて座る小さな背中を、しばらく声もかけずに見つめていた。
「そうそう、言うのを忘れていたわ」
 独り言のように巫女が唐突に口を開いた。
「私が死んだあと、『宇宙船』を動かす者がいなくなっては困るでしょう? どうもあなたは運が強いというのかしら、あの変わり者とも縁があるらしいわね。あの白い蝙蝠は、タンタラムの物でしょう?」
「……タンタラム?」
「そう。自分の学術的探究心だか好奇心だか言って自らの体まで改変してしまった相当の物好きだけれど、知識は確かよ。ただ協調性に欠けるのが昔から欠点だったわね」
 あの暗い密室に閉じ込められていた怪物が、『管理者』の一人だったというのか。
「はじめは人の形をしていたのに、研究にのめりこんで異形になってしまう上に、あの姿で出歩いては『人間』たちにちょっかいを出して怖がらせるものだから、ちょっと自粛してもらったのよ」
「……迷惑な奴だな」
「ええ、本当に」
 巫女はおかしそうにくすくすと笑った。
ひとしきり笑った後、巫女が振り返った。何をするのかと様子を窺っていると、巫女は瞼を押し開け、眼球の表面を摘むような仕草をした。指先に摘まれた小さな何かは、シュラのいるところからはよく見えなかった。だが、巫女の目に視線を移し、それが何だったのかを察した。
赤と青のオッドアイだった巫女の目は、緑味を帯びた灰色の瞳に変わっていた。
巫女は、赤と青の『魂』を持つわけではない。巫女は、最初から赤でも青でもなかったのだ。この世界には赤と青しか存在しないという『事実』に辻褄を合せていただけだ。
「心は決まったの?」
 巫女は立ち上がり、シュラに対峙する。
 シュラは、持ってきた銃を握りしめた。それを見る巫女の表情は静かだった。
「一週間後よ」
「……一週間後」
「そう、一週間後の日の出と共にこの世界は終わる」
「そう、決まっているのか」
「ええ、私が決めたの」
 一週間、と口の中で繰り返した。一週間後、世界が終わる。それは確定した『予定』。
「信じてもらえないかもしれないけれど、私はこの世界を愛していた。あなたたちのことを愛していた。暁の巫女も、きっと同じ。長年の仕事で疲れてしまっただけ。そして私も、疲れてしまっている」
 真っ直ぐに、銃口を巫女に向けた。引き金にかけた指に力をこめる。



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