小説

□手をつなぐ
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 シュラとクロナとシロは赤の人間に付き添われて青の領域まで送られ、そのまま長のもとに引き渡された。青の領域に赤であるクロナが入るのは危険ではないかと危惧していたが、赤の人間がいることに戸惑いを露わにする者はいても、思っていたほどの敵意を向けられることはなかった。
「いくらなんでも敵意のないか弱い女の子一人に寄ってたかって危害を加えるような恥知らずはここにはいない。心配しなさんな」
 赤との会談をぶち壊しにした時以来会う長は、その時からまたさらにやつれたようだった。だが、見た目に反して口調はしっかりしている。痩せてはいてもしゃんと背筋を伸ばし、長と名乗れるだけの堂々とした威厳を感じさせる。
 長は居心地悪く座る二人と呑気に椅子の上で居眠りを始めようとするシロに向かい合って自分も椅子に腰かけた。
「さて、何から話すかな」
「……俺を、探していたって」
「ああ、そうだったな」
 クロナが『狭間』から赤の領域に入ろうとした時、確かそう言って止められたのだった。
「手荒く扱われたみたいで悪かったな。ただ見つけたら連れて来いと言っただけなんだが」
「……どうしてですか?」
「お前が会談の後からたびたび赤の領域に入っては何か良からぬことをしているようだと噂に聞いてな。何をしていたんだ?」
 質問の形を取っていたが、ある程度は答えを予想ができているような口ぶりだった。
 シュラはちらりとクロナに目をやってから、躊躇いがちに口を開いた。植物のこと、ジエンのこと、イオのこと、赤の血のこと、そのためにやっていたこと、それから、その過程で出会ったクロナのこと。
 長は膝の上に肘を乗せて、じっと静かにその話を聞いていた。沈黙に耐えきれずシュラが言葉を切って目で窺うと、無言で顎をしゃくって先を促した。
 大まかな流れを話し終えると、詰めていた息を吐くように長は大きくため息をついた。
「……そういうことだったのか」
「……はい」
「噂には聞いていたんだ。流行病の進行を遅らせる薬があるらしいと」
「……みんなに行き渡るだけあればよかったけど」
「ああ、わかってるよ。そのためには、それだけ殺さなきゃならなかったんだ。そんなことをお前がしなきゃならなかったとは思わないさ」
「……でも」
 もし、もっと薬があれば、もしかしたらまだ生きている人がもっといたのではないか。そんなことも思ってしまう。クロナの前ではとても言えないけれど。
「言ってくれればよかったのに。お前とイオ、お前らだけでやってたのか?」
「……人に頼めるようなことじゃなかったから」
「お前らだけでしなきゃならない仕事ではなかったはずだ」
「でも」
「まあ、私に相談されていたとしたらきっと止めていただろうな。……わかってるよ、組織だって赤狩りを始めでもしていたら、もうとっくにここらは壊滅させられていただろうさ。だが、こう言っちゃあ何だが、どちらにしろ結局は悪あがきでしかなかったと思うよ」
「……」
 シュラは膝の上で拳を握りしめた。クロナが無言で、シュラの服の裾を握った。
「おい、青の長」
 見ると、興味なさそうに居眠りしていたシロが、面倒くさそうに薄目を開けていた。
「この馬鹿は方法結果はともかくとして、現実を諦めきれなかったために我が身もかえりみず仲間を助けようとしたようだが、お前は起こってしまったものは仕方ないとただただ泣き寝入りをしていたのか?」
「……仕方なかったとは言わないさ。巫女のしたことは許せない。だが、私たちの力ではどうしようもなかった。それとも、青の総力をあげて赤の人間を皆殺しにして血を一滴残らず奪い去り、元凶の巫女を血祭りにあげていればよかったとでも言うのか?」
「そんなことは言わん。ただ、お前が最善を尽くしたように、この馬鹿も馬鹿なりに最善を尽くそうとしたのだ。それを無駄だったと言う資格はお前にはないだろう?」
 しばらく黙って聞いていた長は、不意に天井を仰いで深い息を吐いた。シロの言葉を噛みしめるようにしばらくそのまま目を閉じていてから、「そうだな」と囁くように独りごちた。




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