小説

□ぼくらの世界の愛し方
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――はるか昔。
 シュラが生まれるより何百年も前、この世界は空月の技術によって造られた。
「空月の?」
「そう。地上の技術も元は空月のもの。空月の技術を用いて地上の民が造った、というのが正確な説明になるかしら」
 この『地上一万メートルの楽園』と呼ばれた世界に、赤と青の男女、計五十万の『人間』が実験的に送り込まれた。その目的は、空月の民とは異なる遺伝情報、遺伝子授受様式を持つ『人間』が正常に世代交代を重ね、文明として成立させることができるかを調べるため。空月の住人の持つ遺伝子の十倍以上の膨大な遺伝情報をもつ『人間』の形質発現を制御する高度な機構の正確性、性染色体により区別される『男と女』と眼球に保存される遺伝情報――通称『魂』――によって区別される『赤と青』という四つの区分により遺伝的組み合わせを増やし、それにより遺伝子の多様性と安定性を保つことができるか、これらを主な命題とし、この『地上一万メートルの楽園』という名の箱庭で、大規模な実験計画は始まった。
 はじめに送り込まれた『人間』はこの計画のために作成され、計画の目的に沿う行動をするよう幼少期から隔離され徹底した教育が施された。そして自立して生活ができる年齢になってからこの箱庭の住人として送り込まれた。
 住人達は、この新たな世界の中で、日常を送り、仕事をし、娯楽を享受し、愛し合い、子を成した。親が死に、その子らを他人が育て、また誰かが死に、子を成す。それを繰り返しながら、文明は正常に平和に維持されていた。
 巫女たちをはじめとする『管理者』たちは、時に手を差し伸べ、時に突き離しながら、『人間』たちの営みを見守っていた。
「……何百年も生きてるのか?」
「ええ、あなたたちにとっては何百年。私たちにとっては数十年。おおよそ私にとっての一年で、あなたたちは一世代を終える。そういう風につくられた生き物だから」
 だが、閉鎖されたこの世界で、永遠に文明を維持していくことが不可能であることは、実験を企画した時点でわかっていたことだった。二人の男女から二人の男女が産まれて人口の増減がない、という考えは、事故や病気で子を成す前に死亡する場合を想定していない。また、自分の意思で子を成さないことを選択する人間も各世代で少数ながら存在した。実験当初からすでに人口は緩やかに減少していた。だがそれも想定の範囲内と、『管理者』たちはただ静かに経過を見守っていた。
 そんな時、奇形の子が生まれた。
 母胎内での発生異常でも、ましてや個体差でもない。空月の民と同じ容姿の正常な『人間』とは明らかに異なる、獣の体毛と骨格を持った青の子だった。その異形の子は、狼狽する住民たちの手で巫女の元に連れてこられた。
――この子もあなたたちと同じ『人間』です
 巫女は、そう言って住民たちの恐怖と忌避の目を退けた。
 だが、その数日後、その子は殺された。犯人はわからなかった。



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