小説

□透明なこころ
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 誰かが言った。
 これは世界の終わりの前兆なのだと。
 もうすぐ世界が終わるのなら、いつ死んでも同じではないか、と。
 それは本心だったのか、それともただの強がりだったのか。
 世界がどうせ終わるのなら、これは無駄な抵抗なのだろうか。
 だが、今日はまだ終わっていない。きっと明日も来る。その先も。明日世界が終わるかもしれない。けれど、終わらない可能性だってある。事実、そうやって昨日も一昨日もその先も、終わるかもしれない日々を繰り返してきたのだから。
 それを虚しいとか、悲しいとか、思ったことはない。世界が終わるかもしれないということなどどうでもいい。終わるときには、どんな抵抗をしても人の意思に関係なく世界は勝手に幕を閉じてしまうのだろうから。
 それよりも今重要なのは、自分が今ここで目を閉じてしまったら、自分がが守ろうとしている人たちまでも死んでしまうことの方だ。
 足が痛い、背中が痛い、胸が痛い、頭が痛い。少し前までは苦しいとか怖いとか感じていたのに、何だかもう消えてしまった。
疲れてしまったのかな、と酸素の足りない頭で思う。
狙った人間に悲鳴を上げられて見つかって、危うく囲まれて殺されそうになったせいか。何百メートルも全力疾走して段差を飛び降りて壁を登ってと逃げ続けたせいか。痛みはぼんやりと全身を覆って、他の感覚までも飲み込んで、もはや自分の存在すら漠然として実感できない。
 逃げて逃げて辿りついた場所の役割は、誰に教えられなくてもわかった。
 整然と並んだ無数の白い墓石。
 この世界唯一の墓地。
 お前はここで死ねと誰かに導かれたようだと自嘲的に思った。
 けれど、墓地で死ねるなんて自分には勿体なさすぎる。植物に殺され無残な姿で朽ちていった人や、自分にに殺され植物に血を吸われながら灰になっていった人たちを差し置いて、人が死んで正しく辿りつくべきこの場所で目を閉じるなど、自分には勿体なさすぎる。
――まだ
 帰らなければならない、と思う。
 視界の端には図書館塔の見慣れた外壁が見えていた。
 墓地の片隅で、ゆっくりと身を起こした。身を起こすと、体の痛みが鋭く鮮明になる。それと同時に、五感の鋭さも戻ってくる。
「……ねえ、あなたは、誰?」
 霧の中のような霞む視界の中で、真っ白な衣を纏った少女が真っ赤な瞳でシュラを見ていた。
 







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