小説

□わたしがあなたであるために
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 遠慮がちに揺さぶられて目を覚ました。
「……大丈夫か?」
「……え、あ、うん」
「魘されていた」
 ぼんやりと白い毛むくじゃらの顔を眺めて、今自分の置かれている現実に頭が戻ってきたことに気づく。
夢を見ていた。懐かしい夢だ。ちゃんと自分が自分の姿をしていた、自分が自分の感情で泣いていた、自分自身の記憶の夢だ。
全面が真っ白に塗られた部屋に、真っ白な小さいタンタラム。真っ黒な自分以外は白ばかりだな、と落ち着かないものを感じながら横たわっていた白いソファの上で身を起こした。
ここを訪れたのは四日前だ。
緩衝地帯の、地図にも載っていない、赤にも青にも存在を知られていないだろう、厚く立ち込める雲の中に埋もれた小さな塔。部外者が無遠慮に踏み込んではいけないような、世界から取り残されたように静かで孤独な場所だった。







小さいタンタラムはあの時必死に逃げたようだが、小さいタンタラムと大きいタンタラムとでは飛ぶ速度が違いすぎた。塔の影に隠れようとしたり狭い隙間に逃げ込もうとしたりと懸命な抵抗を試みるも、結局小さいタンタラムは大きいタンタラムの翼の先についた白い手に軽々と摘み上げられてしまった。
時間としてはほんの数分だが生まれて初めての空中飛行に酔ってしまったクロナは、ようやく足の着く場所に来て、よろよろとタンタラムの背中から転がり降りた。
「離せ! 俺はお前なんか知らないぞ!」
「知らなくてもわかるだろう。お前は私の駒だ。これまで自由に生きさせていた時間も元は俺のものだ」
 じたばたと暴れる小さいタンタラムを持ち上げ、大きいタンタラムは膨らんだ腹の辺りに持っていく。
「ひ……!」
 膨らんだ腹に縦に裂け目が現れたかと思うと、涎を引く口のように粘着質な音を立てて開いた。突然の異様な光景に血の気が引いた。だがそれよりも、
「タンタラム、タンタラムをどうする気?!」
 思わず同じ名前で呼んでしまったが、意図は正しく伝わったようだ。大きい方は面倒くさそうに、小さい方は縋るような目をしてクロナの方を向いた。
大きいタンタラムの黒い瞳に見下ろされて怯みそうになる。だが何とか気持ちを強く持とうと唇を噛んで耐える。黙ってあのまま放っておいたら、あの気持ちの悪い縦の口に小さいタンタラムが食べられてしまいそうだった。駒というのはどういう意味なのかわからないが、あの口に食べられて無事でいられるはずがない。
「お前が口を出すことではないだろう」
「でも、食べられたらタンタラムは死んでしまうんでしょ?」
「そうだ。俺は死にたくない」
 ばたばたと全身を無様に振り回して小さなタンタラムが喚く。
「黙れ駒。シュラ、これは俺が眠っていた間の外の様子を見聞きさせるため、あそこに幽閉される前に俺が放っておいた駒だ。独立した人格は持っているが、元は俺の一部だ。俺が目覚めたら回収するのが当然だ。死とは違う」
「……食べたらタンタラムが今まで見てきたものの記憶を丸ごと取り入れられるってこと?」
「まあ概ねそういうことだ」
 鷹揚に大きいタンタラムが頷いた。



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