小説

□わたしの名を呼ぶ人
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 クロナは立ち上がり、階段を探した。
 隣の塔からの橋はこの塔の最上階に繋がっていた。今いるのは最上階だから、どこかに下に向かう階段があるはずだ。
 予想通り、すぐに階段に繋がるドアが見つかった。塗装のボロボロに剥げた手すりを伝いながら、一応下の階の様子を探りつつゆっくりと降りていく。どの階のドアを開けてもがらんとした空間が広がっているだけで、目ぼしいものは見当たらない。元は何に使っていた塔なのだろう。
 五階分降りてもどの階も変わり映えのしない様子で、そろそろ諦めて戻ろうかと思い始めた時、ふと空気が鈍く震えるような音が聞こえてくるのに気がついた。何かあるのか、とその階のドアを開いて、思わずクロナは息を飲んで後ずさった。
 ドアの向こうに狭い足場と頼りない錆びた柵があり、その下は十階分ほどはあろうかという広い吹き抜けになっていた。
「何、ここ」
 思わず呟いた声が、広大な空間にか細く反響した。
 吹き抜けの中央には、巨大な円柱型の武骨な機械のようなものが鎮座していた。その周囲を取り囲むように作業用足場の細い通路が空中に張り巡らされ、天井や壁からは膨大な数のコードやチューブがその円柱に伸びて血管のように絡まり合っていた。円柱の暗灰色の表面や周囲の鈍色の壁面で、緑や赤や黄色の小さなライトが無数の目のように明滅している。
 何だろう、これは。
 一歩足を進めると、薄い金属の足場がみしりと軋んだ。そっと慎重に足を進め、柵の手すりに手を伸ばした。しっかりと手すりを握って、その巨大な機械を上から下まで眺めてみる。
 静かな駆動音は円柱から聞こえるのか、壁面から聞こえるのか。この部屋全体がひとつの大きな機械であるかのように、この空間全体がゆっくりと拍動しているように感じる。それは何かの役目を負って人知れず動き続けているというより、もはや役目を忘れて長い眠りに沈んでしまったかのような、巨大な機械の深い穏やかな寝息のように聞こえた。

――キィ

 錆びた金属の擦れる高い音が下から聞こえて、思わずクロナは肩を震わせた。
 誰か、いる?
 おそるおそる手すりから身を乗り出し、遥か下を覗きこむ。ここ以外にも出入り口があるのだろうか。ここからではよくわからない。だが、カンカンと無造作に歩き回るような音がする。機械の眠りを無遠慮に踏み荒らすように、四方八方から音が跳ね返ってくる。かなり下の方から響いているのかもしれない、と薄暗い空間に目を凝らす。
「……誰?」
 呟いた声は思っていた以上に大きく響いた。
「――誰か、いるの?」
 谺のように声が聞こえた。下の方。警戒するように足音が止む。
「どこだ?」
 きょろきょろとその姿を探していたクロナの視界に、何か白っぽいものが過った。三階分ほど下、巨大な機械の影になるかならないかの所に、薄い色の髪をした、まだ幼い顔立ちをした、少年。その手には、何か黒いもの。
「あ、」
「――あ」
 その青い双眸と目が合った、と思った瞬間、少年は警告もなしにクロナに向けて発砲した。


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